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みんなの「説教」ブログ

タイトル 日 時
2017年8月13日マタイ福音書9章35〜10章15節「宣教への派遣」
説教 水戸中央教会  (初稿2009年8月9日補) ...続きを見る

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2017/08/15 04:38
 2017年8月6日 マタイによる福音書9章9〜13節 「憐れみの神」
9 イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。 10 イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。 11 ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。 12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。... ...続きを見る

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2017/08/06 22:16
2017年7月30日 マタイによる福音書8章5〜13節
5 さて、イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、 6 「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。 7 そこでイエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。 8 すると、百人隊長は答えた。「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。 9 わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行... ...続きを見る

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2017/08/03 23:45
2017年7月23日 マタイ福音書7章15〜29節 「生活の刷新」
15 「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。 16 あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。 17 すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。 18 良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。 19 良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。 20 このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」 ... ...続きを見る

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2017/07/23 12:35
詩編119篇105〜112節 聖書を学ぶ会 2017年7月19日
105 あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。 106 わたしは誓ったことを果たします。あなたの正しい裁きを守ります。 107 わたしは甚だしく卑しめられています。主よ、御言葉のとおり/命を得させてください。 ...続きを見る

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2017/07/20 18:53
2017年7月16日 Tテモテ2章1〜8節 「祈り」
2017年7月16日 Tテモテ2章1〜8節「祈り」 ...続きを見る

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2017/07/19 16:18
詩143篇1〜6節 聖書を学ぶ会 2017年7月13日
1 【賛歌。ダビデの詩。】 神を賛美する詩であり、ダビデの詩とされています。 主よ、わたしの祈りをお聞きください。嘆き祈る声に耳を傾けてください。あなたのまこと、恵みの御業によって/わたしに答えてください。 ...続きを見る

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2017/07/13 12:19
詩編133篇 聖書を学ぶ会 2017年7月6日
1 【都に上る歌。ダビデの詩。】見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。 2 かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り/衣の襟に垂れるアロンのひげに滴り 3 ヘルモンにおく露のように/シオンの山々に滴り落ちる。シオンで、主は布告された/祝福と、とこしえの命を。 ...続きを見る

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2017/07/06 13:25
詩38編 聖書を学ぶ会 2017年6月29日 
1 【賛歌。ダビデの詩。記念。】 神への賛美であり、ダビデの詩であり、記念と訳されています。 ...続きを見る

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2017/06/29 12:36
2017年6月25日 マタイ福音書5章13-16節
13 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。 14 あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 15 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。 16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父を... ...続きを見る

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2017/06/27 07:34
2017年6月10日 エフェソ1章3〜14節
3 わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。 ...続きを見る

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2017/06/11 12:58
2017年6月4日 使徒2章1〜11節(2013年5月19日増補)
 イエス・キリストの十字架の死と復活そして、その方が天に昇られるという不思議な体験の後、復活から50日目にペンテコステの出来事は起こりました。 ...続きを見る

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2017/06/04 21:29
2017年5月28日 ルカ福音書24章44〜53節「イエスの昇天」
44 イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」 45 そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、 46 言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。 47 また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、 48 あなたがたはこれら... ...続きを見る

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2017/05/28 22:36
2017年5月14日 ヨハネ福音書14章1-11節
1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。 2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。 4 わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」 ...続きを見る

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2017/05/14 22:41
2017年5月7日 ヨハネによる福音書11章17〜27節
17 さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。 18 ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほどのところにあった。 19 マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。 20 マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。 21 マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。 22 しかし、あなたが神にお願いにな... ...続きを見る

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2017/05/09 07:45
詩編118篇19〜29節 聖書を学ぶ会 2017年4月6日
19 正義の城門を開け/わたしは入って主に感謝しよう。  神を信じるということと、正義とは非常に密接な関係にあることが示されています。それは、私たちのいわゆる苦しい時の神頼みとは全く違っています。なにか人生の危機に直面して神様に祈るとき、私たちは正義を問題としていません。先日、フィギアスケートの羽生さんが逆転優勝をされました。その帰国を迎えるご婦人が、羽生さんの優勝を願って、お百度参りをしたということをおっしゃっていました。応援する一生懸命な気持ちで、それはそれで素晴らしいと思いますが、... ...続きを見る

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2017/04/28 07:45
2017年4月16日 マタイ福音書28章1〜10節「キリストの復活」
 イエス・キリストの福音とは、イエス・キリストの復活にあります。今日はイエス・キリストの復活を記念するイースター、復活祭と呼ばれる日で、キリスト教会にとって何よりも大切な祭日です。  昨日の土曜日、街中を近くの神社の春の例大祭があるということで、雅楽の音を拡声器で流しながら、幟を立ててお神輿や太鼓を載せたトラックが巡回していました。イースターというキリスト教のお祭りは、季節ごとに行われる催事や儀式とは趣を異にします。この日、教会に集まってお祈りをすると願いが叶うとか霊験あらたかになるというもの... ...続きを見る

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2017/04/16 14:45
2017年4月9日マタイ福音書21章1〜11節「十字架への道」
 今日から受難週に入ります。来週の日曜日は、いよいよ主イエス・キリストの復活を記念する復活日、イースターです。今日の聖書の箇所は、イエス様がいよいよイスラエルの都、神の都であるエルサレムへ入城したときのことを伝えています。イエス様がエルサレムへいらしたことを群衆は歓喜して迎えます。ローマの支配下にあって苦しめられていた群衆は、この預言者イエスによってイスラエルが解放されることを望んだと考えられます。  エルサレムは高地にあり、町の周りは城壁で囲まれています。さて、イエス様がこれからエルサレムへ... ...続きを見る

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2017/04/10 07:55
2017年4月2日 マタイ福音書20章20〜28節「仕えられるためではなく、仕えるために」
 「イエスは誰なのか?」ということがごく一部の弟子たちの間には明らかになっていました。ペトロが告白したとおりに、「神の子、キリスト」です。そして、イエス様はご自分がこれから、ファリサイ派の人たちや律法学者たちに捕らえられて、十字架につけられ、三日目に復活するという神のご計画を明らかにしました。多くの弟子たちは、イエス様のおっしゃったことが理解できませんでした。弟子たちの中で、真っ先に「あなたは生ける神の子、キリストです」と、告白することができたペトロでさえ、それは信じられませんでした。イエス様は... ...続きを見る

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2017/04/07 23:47
2017年3月26日 マタイ福音書17章1−13節「主の変貌」
さて、本日の説教の箇所であるこの山上の変貌の出来事は、歴史的な事実と認めるには根拠が薄弱であるというのがいわゆる科学的学問的定説となっています。不思議なことが起こって、つまり、モーセとエリヤの幻をみて、イエス様の姿が変貌し、「これは私の愛する子」という声が聞こえた。そしてイエス様が「今、見たことを誰にも言うな」というのは、どうも不自然、嘘っぽいというのが、信仰を通さないで、この記録を読んだ時の普通の感覚ではないかと思います。 イエスは実は、自分がキリストだとは思っていなかったのだが、十字架で... ...続きを見る

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2017/03/31 10:52
詩編145篇1-13節 聖書を学ぶ会 2017年3月23日
1 【賛美。ダビデの詩。】わたしの王、神よ、あなたをあがめ/世々限りなく御名をたたえます。 ...続きを見る

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2017/03/23 19:53
2017年3月12日 マタイ12章22−32節 「悪と戦うキリスト」(2013年2月24日増補)
悪霊に取り憑かれて話すことができず、目で見ることができない障害を負った人が、イエス様によって癒され、話し出し、目が見えるようになったのを見て、人々は驚愕します。そして、「この人は、ダビデの子ではないか」と、言い出します。「ダビデの子」とは、神様が約束されたキリスト、世の救い主を意味します。それを聞いたファリサイ派の人々は、「イエスは、悪霊の頭であるベルゼブルによって悪霊を追い出しているのだ」と、言い出します。するとイエス様はそれに対して、「サタンがサタンを追い出せば、内輪もめであって、サタンの国... ...続きを見る

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2017/03/13 17:43
詩編091篇1-16節 聖書を学ぶ会 2017年3月2日
1 いと高き神のもとに身を寄せて隠れ/全能の神の陰に宿る人よ ...続きを見る

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2017/03/09 05:35
2017年3月5日 マタイ福音書4章1〜11節「荒野の誘惑」
 一昨日の夜、インドネシアの北スラウェシで、アニタ牧師が、天に召されました。アニタ先生は、夫のリファイ・ボビー・パレンプン先生と共に、2010年から2013年、大洗ベツレヘム教会のために水戸中央教会が招聘した宣教師として奉仕して下さいました。丁度、東日本大震災の前後で、大洗の教会にも津波が押し寄せ、避難生活も経験されました。そんな中で、水戸中央教会の引越しなどに、大洗ベツレヘム教会の方々と一緒に手伝いに来てくださいました。礼拝の奉仕もしていただきました。ご遺族の方々に平安を祈ります。  そして... ...続きを見る

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2017/03/09 05:17
2017年2月19日マタイ福音書15章21-31節「キリストのいやし」
(2005年1月30日 筑波学園教会) ...続きを見る

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2017/02/23 21:27
2017年2月12日 マタイ福音書5章17〜20 節 「キリストの教え」
「沈黙」を見てきました。いい映画ですね。海外の諸教会からの励ましと私は受け取りました。そして、励まされました。本当に忠実に信仰を守って死んでいった人々がいること、素朴で勇敢な最下層にいる百姓、そして、井上さまをはじめとする武士たちの残虐性と陰険さが明瞭なコントラストに置かれていました。「武士道」なんていうのは、そう大したことないということですね。時代考証などは完璧で、日本側の失笑を買わないように非常に忠実に再現していると思います。ただ、全体の空気が九州などの雰囲気とは違いますね。霧と雨が多く、暗... ...続きを見る

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2017/02/15 17:33
詩編034篇 聖書を学ぶ会 2017年2月2日
1 【ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放されたときに。】 2 どのようなときも、わたしは主をたたえ/わたしの口は絶えることなく賛美を歌う。 3 わたしの魂は主を賛美する。貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。 4 わたしと共に主をたたえよ。ひとつになって御名をあがめよう。 5 わたしは主に求め/主は答えてくださった。脅かすものから常に救い出してくださった。 6 主を仰ぎ見る人は光と輝き/辱めに顔を伏せることはない。 7 この貧しい人が呼び求める声を主は聞... ...続きを見る

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2017/02/09 10:10
2017年2月5日マタイ福音書13章10−17節「たとえで話すイエス様」
(パワーポイントによる種まきのたとえのプレゼン) 10 弟子たちはイエスに近寄って、「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話しになるのですか」と言った。 11 イエスはお答えになった。「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。 12 持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。 13 だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。 ... ...続きを見る

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2017/02/09 10:02
2017年1月29日 マタイによる福音書21章12〜16節 「イエスにより頼む
「イエスにより頼む」 ...続きを見る

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2017/02/09 09:53
詩編033篇 聖書を学ぶ会 2017年1月26日 
1 主に従う人よ、主によって喜び歌え。主を賛美することは正しい人にふさわしい。 2 琴を奏でて主に感謝をささげ/十弦の琴を奏でてほめ歌をうたえ。 3 新しい歌を主に向かってうたい/美しい調べと共に喜びの叫びをあげよ。 4 主の御言葉は正しく/御業はすべて真実。 5 主は恵みの業と裁きを愛し/地は主の慈しみに満ちている。 6 御言葉によって天は造られ/主の口の息吹によって天の万象は造られた。 7 主は大海の水をせき止め/深淵の水を倉に納められた。 8 全地は主を畏れ/世... ...続きを見る

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2017/01/29 09:08
2017年1月22日 マタイ福音書4章12〜17節「イエス・キリストの福音の始まり」
12 イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。 13 そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。 14 それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。 15 「ゼブルンの地とナフタリの地、/湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、/異邦人のガリラヤ、 16 暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」 17 そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言... ...続きを見る

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2017/01/29 09:05
2017年1月15日 マタイ福音書4章18〜25節 「最初の弟子たち」新約p.5
18 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。 19 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。 20 二人はすぐに網を捨てて従った。 21 そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。 22 この二人もすぐに、舟と... ...続きを見る

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2017/01/19 23:33
詩編031篇 聖書を学ぶ会 2017年1月12日
1 【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。】 2 主よ、御もとに身を寄せます。とこしえに恥に落とすことなく/恵みの御業によってわたしを助けてください。 3 あなたの耳をわたしに傾け/急いでわたしを救い出してください。砦の岩、城塞となってお救いください。 4 あなたはわたしの大岩、わたしの砦。御名にふさわしく、わたしを守り導き 5 隠された網に落ちたわたしを引き出してください。あなたはわたしの砦。 6 まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。わたしを贖ってください。 ... ...続きを見る

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2017/01/13 22:06
2017年1月7日 マタイ福音書3章13−17節 「イエスの洗礼」
13 そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼〔バプテスマ〕を受けるためである。 14 ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼〔バプテスマ〕を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」 15 しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。 16 イエスは洗礼〔バプ... ...続きを見る

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2017/01/13 21:59
2017年1月1日 マタイ福音書2章13-23節「エジプトへの避難」
年末に、「置かれた場所で咲きなさい」で有名な渡辺和子さんが天に召されました。お読みになれた方も多いかと思います。「置かれた場所で咲く」ということを年頭に覚えるべきかなぁと思いました。私たちクリスチャンにとって、「置かれた場所で咲く」ということは、その場その場で、自分の人生の中で、主イエス・キリストを証すること、イエス様の言葉に従うということです。日本では、クリスマスが終わると、お正月ということで、町のデコレーションもクリスマスバージョンからお正月バージョンに代わります。そうしますと、家族など... ...続きを見る

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2017/01/01 09:42
詩編030篇 聖書を学ぶ会 2016年12月22日
1 【賛歌。神殿奉献の歌。ダビデの詩。】 2 主よ、あなたをあがめます。あなたは敵を喜ばせることなく/わたしを引き上げてくださいました。 3 わたしの神、主よ、叫び求めるわたしを/あなたは癒してくださいました。 4 主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ/墓穴に下ることを免れさせ/わたしに命を得させてくださいました。 5 主の慈しみに生きる人々よ/主に賛美の歌をうたい/聖なる御名を唱え、感謝をささげよ。 6 ひととき、お怒りになっても/命を得させることを御旨としてくださる... ...続きを見る

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2016/12/25 22:09
2016年12月25日 ヨハネによる福音書1章1〜14節「暗闇の中の希望」
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 ...続きを見る

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2016/12/25 22:03
2016年12月24日 クリスマス・イブ礼拝 説教 ルカ2章1〜20節
 クリスマスは、イエス・キリストの誕生を記念する日です。このクリスマスほど、世界中で民族や宗教をも越えてお祝いされているお祭りは数少ないと思います。日本では完全に宗教の枠を超えてお祝いされています。本来的に宗教行事なのですが、無宗教を標榜する人々もクリスマスパーティーは何の抵抗もなく参加したり、自分たちでお祝いします。もちろん、そこではイエス・キリストの誕生が祝われ、神様への感謝が捧げられることは決してありませんが、それでも、クリスマスということで、何かのアクションが起きるということはすごいこと... ...続きを見る

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2016/12/25 21:56
2016年12月18日 イザヤ7章10〜14節「キリスト誕生の告知」
10 主は更にアハズに向かって言われた。 11 「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に。」 12 しかし、アハズは言った。「わたしは求めない。主を試すようなことはしない。」 13 イザヤは言った。「ダビデの家よ聞け。あなたたちは人間に/もどかしい思いをさせるだけでは足りず/わたしの神にも、もどかしい思いをさせるのか。 14 それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエル... ...続きを見る

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2016/12/18 17:07
2016年12月11日 士師記13章2〜14節「キリストの先駆者」
処女マリアからイエス・キリストは生まれます。「そんなこと、あるわけがない」と、普通の人々は笑います。「私は、処女降誕なんて信じられませんから、キリスト教が信じられないのです。」という方に出会うことは、珍しくありません。私も、そのような方に何度も出会ったことがありますし、私自身、なかなか信じられませんでした。 ...続きを見る

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2016/12/12 21:06
詩編028篇 聖書を学ぶ会 2016年12月8日
1 【ダビデの詩。】主よ、あなたを呼び求めます。わたしの岩よ/わたしに対して沈黙しないでください。あなたが黙しておられるなら/わたしは墓に下る者とされてしまいます。 2 嘆き祈るわたしの声を聞いてください。至聖所に向かって手を上げ/あなたに救いを求めて叫びます。 3 神に逆らう者、悪を行う者と共に/わたしを引いて行かないでください。彼らは仲間に向かって平和を口にしますが/心には悪意を抱いています。 4 その仕業、悪事に応じて彼らに報いてください。その手のなすところに応じて/彼らに報い... ...続きを見る

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2016/12/08 09:35
2016年12月4日 イザヤ59章12〜20節
 第二アドベントに入りました。町はクリスマスを迎える電飾やクリスマスセールで、にぎやかです。クリスマスの飾りもなかなかあか抜けていてきれいです。クリスマスソングや讃美歌も流れています。一年で一番、教会が注目される季節です。 ...続きを見る

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2016/12/04 15:47
詩編027篇 聖書を学ぶ会 2016年12月1日
1 【ダビデの詩。】主はわたしの光、わたしの救い/わたしは誰を恐れよう。主はわたしの命の砦/わたしは誰の前におののくことがあろう。 2 さいなむ者が迫り/わたしの肉を食い尽くそうとするが/わたしを苦しめるその敵こそ、かえって/よろめき倒れるであろう。 3 彼らがわたしに対して陣を敷いても/わたしの心は恐れない。わたしに向かって戦いを挑んで来ても/わたしには確信がある。 4 ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り/主を仰ぎ望んで喜びを得/その宮で朝を迎え... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/01 19:19
2016年11月27日 イザヤ2章1〜5節 「クリスマスの準備」
1 アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。 2 終わりの日に/主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち/どの峰よりも高くそびえる。国々はこぞって大河のようにそこに向かい 3 多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから/御言葉はエルサレムから出る。 4 主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上... ...続きを見る

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2016/11/30 20:53
2016年11月20日 ミカ2:12-13「王の職務」
12 ヤコブよ、わたしはお前たちすべてを集め/イスラエルの残りの者を呼び寄せる。わたしは彼らを羊のように囲いの中に/群れのように、牧場に導いてひとつにする。彼らは人々と共にざわめく。 13 打ち破る者が、彼らに先立って上ると/他の者も打ち破って、門を通り、外に出る。彼らの王が彼らに先立って進み/主がその先頭に立たれる。 ...続きを見る

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2016/11/20 17:11
詩編25篇 聖書を学ぶ会 2016年11月17日
1 【ダビデの詩。】主よ、わたしの魂はあなたを仰ぎ望み 2 わたしの神よ、あなたに依り頼みます。どうか、わたしが恥を受けることのないように/敵が誇ることのないようにしてください。 3 あなたに望みをおく者はだれも/決して恥を受けることはありません。いたずらに人を欺く者が恥を受けるのです。 4 主よ、あなたの道をわたしに示し/あなたに従う道を教えてください。 5 あなたのまことにわたしを導いてください。教えてください/あなたはわたしを救ってくださる神。絶えることなくあなたに... ...続きを見る

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2016/11/17 20:46
2016年11月13日 申命記18章15〜22節 「救いの約束」
 本日の説教個所である聖書の御言葉は、申命記18章15〜22節です。ここでは神の言葉を仲介して民に伝える預言者という職務について記述されています。 申命記18章は、最初にレビ人というイスラエル民族の中で、神殿での祭儀などに祭司として従事する人々についての規定がなされています。レビ人は神の民イスラエルの全部族の中から神様によって選ばれ、彼らは子々孫々永久に主の名によって仕える者とされたと宣言されています。そのあとに占いや魔術の禁止について記述されています。 ...続きを見る

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2016/11/13 22:13
詩編024篇 聖書を学ぶ会 2016年11月10日
1 【ダビデの詩。賛歌。】地とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものは、主のもの。 2 主は、大海の上に地の基を置き/潮の流れの上に世界を築かれた。 3 どのような人が、主の山に上り/聖所に立つことができるのか。 4 それは、潔白な手と清い心をもつ人。むなしいものに魂を奪われることなく/欺くものによって誓うことをしない人。 5 主はそのような人を祝福し/救いの神は恵みをお与えになる。 6 それは主を求める人/ヤコブの神よ、御顔を尋ね求める人。〔セラ 7 城門よ、頭を上げよ... ...続きを見る

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2016/11/10 20:19
2016年10月30日 イザヤ44章6〜17節 「堕落」
 聖書が証するイスラエルの神と偶像なる神との対立は、聖書の大きなテーマです。偶像なる神との戦いが聖書の中心テーマと言っても過言ではないほどです。  神が天地を創造されたという創世記の1-2章では、「神が7日で世界を創造されたというのは、おかしいではないか?」とか、「今時、『神様が天地を創造した』ということ自体がおかしい。神様などいるわけがないだろう」と言われます。しかし、それは、現代の問題意識であって、この聖書が書かれ、伝承されてきた、何千年という歴史の中では、ごく最近の特異な問題意識です。日... ...続きを見る

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2016/10/31 00:11
詩編022篇 聖書を学ぶ会2016年10月13日
1 【指揮者によって。 神殿の礼拝や祭儀など、その他、公の場で歌われた詩であること、歌であることが示されています。「暁の雌鹿」に合わせて。何か既成の曲に合わせたものと考えられますが、どのようなものであるかは伝わっていません。賛歌:神に対する賛美。ダビデの詩:ダビデが作った詩として伝承されてきました。そして、この詩は、キリスト教会にとって、特別な意味を持っている詩で、イエス・キリストの十字架の死と復活を予言しているものとして理解されています。実際のダビデの生涯にあてはめようとすると、サムエル記や列... ...続きを見る

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2016/10/20 12:53
2016年10月2日 フィリピ1章12〜30節「キリストにある生」
12 兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。 13 つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、 14 主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。 15 キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。 16 一方は、わたしが福音を弁明するため... ...続きを見る

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2016/10/02 22:09
2016年9月25日 第二コリント5章1〜10節「永遠の住み家」
1 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。 2 わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。 3 それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。 4 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれて... ...続きを見る

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2016/10/02 22:04
詩編020篇 聖書を学ぶ会 2016年9月15日
1 【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。】 2 苦難の日に主があなたに答え/ヤコブの神の御名があなたを高く上げ 3 聖所から助けを遣わし/シオンからあなたを支えてくださるように。 4 あなたの供え物をことごとく心に留め/あなたのいけにえを快く受け入れ〔セラ 5 あなたの心の願いをかなえ/あなたの計らいを実現させてくださるように。 6 我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ/我らの神の御名によって/旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところを/すべて実現させてくださる... ...続きを見る

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2016/09/15 17:19
2016年9月11日 エフェソ3章14-21節「キリストの住まい」
14 こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。 15 御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。 ...続きを見る

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2016/09/12 03:30
詩編018篇25〜51節 聖書を学ぶ会 2016年9月1日
25 主はわたしの正しさに応じて返してくださる。御目に対してわたしの手は清い。 26 あなたの慈しみに生きる人に/あなたは慈しみを示し/無垢な人には無垢に 27 清い人には清くふるまい/心の曲がった者には背を向けられる。 28 あなたは貧しい民を救い上げ/高ぶる目を引き下ろされる。 29 主よ、あなたはわたしの灯を輝かし/神よ、あなたはわたしの闇を照らしてくださる。 30 あなたによって、わたしは敵軍を追い散らし/わたしの神によって、城壁を越える。 31 神の... ...続きを見る

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2016/09/01 16:52
2016年8月21日 エフェソ 5:11〜20 「霊に従う生き方」(2012年9月2日追補)
11実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。 12彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。 13しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。 14明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」 ...続きを見る

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2016/08/28 09:00
2016年8月14日 ローマの信徒への手紙7章1−6節
1 それとも、兄弟たち、わたしは律法を知っている人々に話しているのですが、律法とは、人を生きている間だけ支配するものであることを知らないのですか。 2 結婚した女は、夫の生存中は律法によって夫に結ばれているが、夫が死ねば、自分を夫に結び付けていた律法から解放されるのです。 3 従って、夫の生存中、他の男と一緒になれば、姦通の女と言われますが、夫が死ねば、この律法から自由なので、他の男と一緒になっても姦通の女とはなりません。 4 ところで、兄弟たち、あなたがたも、キリストの体に結ばれて... ...続きを見る

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2016/08/15 01:07
2016年8月7日 第一コリント2章11節〜3章9節
11 人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。 12 わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。 13 そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。 14 自然の人は神の霊に属する事柄を受け入... ...続きを見る

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2016/08/09 10:47
説教 水戸中央教会 2012年8月12日 Tヨハネ5:1-5 「信仰による勝利」
 先週はドイツのミュンヘンで無差別殺人事件があり、またフランスやその他の場所ではISがらみの無差別殺人事件がありました。 ミュンヘンの事件に際しては、ドイツの友人が、「宗教がなくなれば、争いがなくなる。宗教などなくなってしまった方がいいのではないか?」ということをダライ・ラマの言葉を引用しつつ、ネットに書き込んでいました。  ドイツは、シリアからの難民などを受け入れています。私たち日本人は、対岸の火事のように見ています。多くの日本の人々にとって、「難民など受け入れると大変なことになる」「これ... ...続きを見る

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2016/08/01 12:24
2016年7月10日(2012年7月22日補) 使徒 27章33〜44節 「破局からの救い」
 海外の友人が、最近、キャンプに出掛けて星空を見て感激したのでしょう。「みんなは、最後に星空を見たのはいつだ?」とネットで聞いてきました。皆さんもお忙しい毎日で、星空を見上げるような時間などなく、テレビやアイホンやPCの画面を覗いて、一日が終わっているのではないでしょうか?  その友人の問いに、私は自分自身を振り返りますと、あの東日本大震災の夜、停電で、全ての町の明かりが消えて、空を見上げるとプラネタリウムのように天の川がくっきりと見えていたのを思い出しました。神様の御業は、人間の業が途絶えた... ...続きを見る

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2016/07/13 08:11
2016年6月26日 使徒9章36〜43節「生命の回復」
36 ヤッファにタビタ――訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」――と呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。 37 ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。 38 リダはヤッファに近かったので、弟子たちはペトロがリダにいると聞いて、二人の人を送り、「急いでわたしたちのところへ来てください」と頼んだ。 39 ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめた... ...続きを見る

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2016/06/26 22:51
詩編17篇 聖書を学ぶ会 2016年6月19日
1 【祈り。ダビデの詩。】主よ、正しい訴えを聞き/わたしの叫びに耳を傾け/祈りに耳を向けてください。わたしの唇に欺きはありません。 2 御前からわたしのために裁きを送り出し/あなた御自身の目をもって公平に御覧ください。 3 -4 あなたはわたしの心を調べ、夜なお尋ね/火をもってわたしを試されますが/汚れた思いは何ひとつ御覧にならないでしょう。わたしの口は人の習いに従うことなく/あなたの唇の言葉を守ります。暴力の道を避けて 5 あなたの道をたどり/一歩一歩、揺らぐことなく進みま... ...続きを見る

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2016/06/25 06:54
2016年6月19日 エフェソ2章11〜22節「神の家族」
11 だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。 12 また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。 ...続きを見る

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2016/06/25 06:43
詩編15篇 聖書を学ぶ会 2016年6月9日
1 【賛歌。ダビデの詩。】主よ、どのような人が、あなたの幕屋に宿り/聖なる山に住むことができるのでしょうか。 2 それは、完全な道を歩き、正しいことを行う人。心には真実の言葉があり 3 舌には中傷をもたない人。友に災いをもたらさず、親しい人を嘲らない人。 4 主の目にかなわないものは退け/主を畏れる人を尊び/悪事をしないとの誓いを守る人。 5 金を貸しても利息を取らず/賄賂を受けて無実の人を陥れたりしない人。これらのことを守る人は/とこしえに揺らぐことがないでしょう。 ...続きを見る

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2016/06/18 14:55
2016年6月12日 ヘブライ人への手紙12章14〜29節「天のエルサレム」
14 すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません。 15 神の恵みから除かれることのないように、また、苦い根が現れてあなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚れることのないように、気をつけなさい。 16 また、だれであれ、ただ一杯の食物のために長子の権利を譲り渡したエサウのように、みだらな者や俗悪な者とならないよう気をつけるべきです。 17 あなたがたも知っているとおり、エサウは後になって祝福を受け継ぎたいと願ったが... ...続きを見る

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2016/06/13 00:26
詩編014篇 聖書を学ぶ会 2016年6月2日
1 【指揮者によって。ダビデの詩。】神を知らぬ者は心に言う/「神などない」と。人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行う者はいない。 2 主は天から人の子らを見渡し、探される/目覚めた人、神を求める人はいないか、と。 3 だれもかれも背き去った。皆ともに、汚れている。善を行う者はいない。ひとりもいない。 4 悪を行う者は知っているはずではないか。パンを食らうかのようにわたしの民を食らい/主を呼び求めることをしない者よ。 5 そのゆえにこそ、大いに恐れるがよい。神は従う人々の... ...続きを見る

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2016/06/07 16:30
詩編013篇 聖書を学ぶ会 2016年5月26日
1 【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。】 2 いつまで、主よ/わたしを忘れておられるのか。いつまで、御顔をわたしから隠しておられるのか。 3 いつまで、わたしの魂は思い煩い/日々の嘆きが心を去らないのか。いつまで、敵はわたしに向かって誇るのか。 4 わたしの神、主よ、顧みてわたしに答え/わたしの目に光を与えてください/死の眠りに就くことのないように 5 敵が勝ったと思うことのないように/わたしを苦しめる者が/動揺するわたしを見て喜ぶことのないように。 6 あなたの慈しみに依... ...続きを見る

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2016/06/01 08:35
詩編11篇 聖書を学ぶ会 2016年5月12日
詩編011篇 1 【指揮者によって。ダビデの詩。】 主を、わたしは避けどころとしている。どうしてあなたたちはわたしの魂に言うのか/「鳥のように山へ逃れよ。 2 見よ、主に逆らう者が弓を張り、弦に矢をつがえ/闇の中から心のまっすぐな人を射ようとしている。 3 世の秩序が覆っているのに/主に従う人に何ができようか」と。 4 主は聖なる宮にいます。主は天に御座を置かれる。御目は人の子らを見渡し/そのまぶたは人の子らを調べる。 5 主は、主に従う人と逆らう者を調べ/不法を愛する者を憎... ...続きを見る

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2016/06/01 08:32
2016年5月22日 ヨハネ福音書14章8〜14節 「真理の霊」
8 フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、 9 イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。 10 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。 11 わたしが父の内... ...続きを見る

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2016/05/28 06:10
詩編010編 聖書を学ぶ会 2016年4月28日 (詩009編は手書き原稿のため欠番)
1 主よ、なぜ遠く離れて立ち/苦難の時に隠れておられるのか。 2 貧しい人が神に逆らう傲慢な者に責め立てられて/その策略に陥ろうとしているのに。 3 神に逆らう者は自分の欲望を誇る。貪欲であり、主をたたえながら、侮っている。 4 神に逆らう者は高慢で神を求めず/何事も神を無視してたくらむ。 5 あなたの裁きは彼にとってはあまりにも高い。彼の道はどのようなときにも力をもち/自分に反対する者に自分を誇示し 6 「わたしは揺らぐことなく、代々に幸せで/災いに遭うことはない」と心に思... ...続きを見る

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2016/04/28 12:29
2016年4月24日 ヨハネ福音書15章18〜27節「聖霊の実」
 ヨハネ福音書15章の前半は、イエス様は、本当のブドウの木であり、私たちはその枝であるという有名な譬え話が記録されています。イエス・キリストにつながっていなければ、私たちは実を結ぶことができません。イエス・キリストにつながっているとき、私たちは、なんでも願うことができ、そして、その願いは叶えられるとイエス様はおっしゃっています。その願いがかなえられるためには、イエス様の言葉が私たちの心の中なければなりません。そのイエス様の言葉は、制限ではなくて、私たちの可能性を広げるものであり、私たちに永遠に失... ...続きを見る

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2016/04/27 20:15
詩編008編 聖書を学ぶ会 2016年4月14日
1 【指揮者によって。ギティトに/合わせて。賛歌。ダビデの詩。】 2 主よ、わたしたちの主よ/あなたの御名は、いかに力強く/全地に満ちていることでしょう。天に輝くあなたの威光をたたえます 3 幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き/報復する敵を絶ち滅ぼされます。 4 あなたの天を、あなたの指の業を/わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。 5 そのあなたが御心に留めてくださるとは/人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう/あな... ...続きを見る

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2016/04/15 12:16
2016年4月10日 ヨハネ福音書21章1〜14節「キリストの復活」
 本日の聖書箇所は、三度目のイエス・キリストの復活顕現です。「仏の顔も三度まで」とか「三度目の正直」とか「三度」という回数は、決定的な事実とか絶対的なことを意味します。1回目は「見間違いかもしれない」、2回目は、「どうも本当のようだ。」、3回目は、「もう間違いない。」というように私たちは認識します。  私たちの教会は、これで三度目の教会建築です。私たちは小さな教会であり、人数も少なく、力もありません。戦後、初めて教会が建てられたときは、アメリカの教会からの支援で、土地を購入し、建物も立ちました... ...続きを見る

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2016/04/11 02:40
2016年3月20日 ヨハネ福音書18章1〜14節p.204 「十字架への道」
 イスカリオテのユダについては、色々な意見があります。十二弟子の一人で、師であり主と崇めたイエス様を裏切った男として、クリスチャンでなくてもよく知られています。疑り深い、現代人もユダという男の存在を疑う人は皆無です。後のキリスト教会にとっても、このような身内から裏切り者が出たというような事は、どちらかというともみ消したい事柄とも言えます。そしてまた、イエス様が世の救い主であるキリストであり、全知全能の神の御子であるという点からも、後に自分を裏切るユダをなぜ弟子としたのかというのは理解に苦しみます... ...続きを見る

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2016/03/24 16:33
詩編6 聖書を学ぶ会 2016年3月17日 
1 【指揮者によって。伴奏付き。第八調。賛歌。ダビデの詩。】 2 主よ、怒ってわたしを責めないでください/憤って懲らしめないでください。 3 主よ、憐れんでください/わたしは嘆き悲しんでいます。主よ、癒してください、わたしの骨は恐れ 4 わたしの魂は恐れおののいています。主よ、いつまでなのでしょう。 5 主よ、立ち帰り/わたしの魂を助け出してください。あなたの慈しみにふさわしく/わたしを救ってください。 6 死の国へ行けば、だれもあなたの名を唱えず/陰府に入れば/だれもあなた... ...続きを見る

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2016/03/24 16:27
2012年3月12日 ヨハネによる福音書12章20〜36節「十字架の勝利」
「一粒の麦は地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば多くの実を結ぶ」 ...続きを見る

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2016/03/14 05:35
詩編005編 聖書を学ぶ会 2016年3月10日
1 【指揮者によって。笛に合わせて。賛歌。ダビデの詩。】 2 主よ、わたしの言葉に耳を傾け/つぶやきを聞き分けてください。 3 わたしの王、わたしの神よ/助けを求めて叫ぶ声を聞いてください。あなたに向かって祈ります。 4 主よ、朝ごとに、わたしの声を聞いてください。朝ごとに、わたしは御前に訴え出て/あなたを仰ぎ望みます。 5 あなたは、決して/逆らう者を喜ぶ神ではありません。悪人は御もとに宿ることを許されず 6 誇り高い者は御目に向かって立つことができず/悪を行う者はすべて憎... ...続きを見る

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2016/03/11 22:44
2016年3月6日 ヨハネ福音書 12:1〜8 新約p.191 「ナルドの香油のできごと」
 昨日、午前7時にデニー・ポントさんという大洗ベツレヘム教会の会員の方が51歳の生涯を、故郷のインドネシアで、閉じられました。昨夜、大洗ベツレヘム教会では、日本にいるご遺族と礼拝を持ちました。今朝、ご遺族は、インドネシアへ出発されました。私は、デニー・ポントさんが、具合が悪いということで病院に担ぎ込まれ、夜中に呼び出されて通訳にいきました。肝硬変で、かなり進んでおり、余命数か月と診断されました。もうかれこれ10年くらい前になるのではないかと思います。当時はインターフェロンしかありませんでしたし、... ...続きを見る

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2016/03/11 21:00
詩編004編 聖書を学ぶ会 2016年3月3日 
1:【指揮者によって。伴奏付き。賛歌。ダビデの詩。】 2:呼び求めるわたしに答えてください/わたしの正しさを認めてくださる神よ。苦難から解き放ってください/憐れんで、祈りを聞いてください。 3:人の子らよ/いつまでわたしの名誉を辱めにさらすのか/むなしさを愛し、偽りを求めるのか。〔セラ 4:主の慈しみに生きる人を主は見分けて/呼び求める声を聞いてくださると知れ。 5:おののいて罪を離れよ。横たわるときも自らの心と語り/そして沈黙に入れ。〔セラ 6:ふさわしい献げ物をささげて、主... ...続きを見る

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2016/03/03 21:47
2016年2月28日 ヨハネ福音書6章60-71節 「受難の予告」
私たちは、イエス・キリストを天と地を創造された真の神様がこの世に遣わされた神の子であると信じます。「イエス様がキリストなのだ」と信じるのがキリスト教です。キリスト教会は、この信仰を伝えてきました。キリストとは世の救い主という意味です。救い主を信じるということは、私たちはなにかから救われなければならない訳です。いったい何から救ってもらわなければならないのでしょうか? 私たちは、生きる中で色々な不安や悲しいことやつらいこといやなこと、困ったことがあります。自分ではもうどうにもならないと思って、... ...続きを見る

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2016/03/03 21:43
2016年2月25日詩編003編
1:【賛歌。ダビデの詩。ダビデがその子/アブサロムを逃れたとき。】 2:主よ、わたしを苦しめる者は/どこまで増えるのでしょうか。多くの者がわたしに立ち向かい 3:多くの者がわたしに言います/「彼に神の救いなどあるものか」と。〔セラ 4:主よ、それでも/あなたはわたしの盾、わたしの栄え/わたしの頭を高くあげてくださる方。 5:主に向かって声をあげれば/聖なる山から答えてくださいます。〔セラ 6:身を横たえて眠り/わたしはまた、目覚めます。主が支えていてくださいます。 7:いか... ...続きを見る

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2016/02/26 08:58
2016年2月21日 ヨハネによる福音書9章13〜41節「メシアへの信仰」
 わたしたちの主であるイエス・キリストは、多くの不治の病を癒す奇跡を行われました。本日の聖書の箇所によりますと、イエス様は通りすがりに生まれつき目の見えない人の目を見ることが出来るように癒されました。不思議なことです。 ...続きを見る

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2016/02/24 19:38
2016年2月18日 詩編2編
1:なにゆえ、国々は騒ぎ立ち/人々はむなしく声をあげるのか。 2:なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して/主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか 3:「我らは、枷をはずし/縄を切って投げ捨てよう」と。 4:天を王座とする方は笑い/主は彼らを嘲り 5:憤って、恐怖に落とし/怒って、彼らに宣言される。 6:「聖なる山シオンで/わたしは自ら、王を即位させた。」 7:主の定められたところに従ってわたしは述べよう。主はわたしに告げられた。「お前はわたしの子/今日、わたしはお前... ...続きを見る

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2016/02/18 22:21
2016年2月14日 マタイ福音書4章1〜11節 「荒野の誘惑」
 先週の水曜日2月10日は灰の水曜日であり、それ以前のカーニバルのニュースなどをテレビで皆さんもご覧になったかと思います。イエス・キリストの十字架の苦しみとその死を覚える受難節が始まりました。これは復活日、イースターの前の受難週が始まる棕櫚の聖日、今年は3月20日までの40日間です。これは今日、先ほど読まれましたイエス・キリストの40日40夜の荒野の誘惑の記事に基づいています。また40という数字は、イスラエルがエジプトを脱出して荒野をさまよった40年とも関連付けられています。 ...続きを見る

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2016/02/14 21:14
2016年2月7日 ヨハネによる福音書6章1〜15節 「奇跡を行うキリスト」
 五千人の給食の奇跡は、わたしたちにとって非常に受け入れがたい奇跡の一つです。弟子たちが持ち合わせていた五つのパンと二匹の魚で、どのように男だけで五千人、女性や子どもも含めれば一万人から二万人はいたと考える群衆をどのように満腹にしたのか、大変不思議で理解に苦しみます。誰もが一度は、どんな風にしてこのようなことが起きたのかと疑問を持ったことがあるでしょう。そして、この問いを発したとき、わたしたちの思考は止まってしまいます。 ...続きを見る

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2016/02/14 21:08
聖書を学ぶ会 2016年2月4日 詩編 001編
1:いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず 2:主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。 3:その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び/葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。 4:神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。 5:神に逆らう者は裁きに堪えず/罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。 6:神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆... ...続きを見る

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2016/02/05 09:26
2016年1月24日 ヨハネ福音書8章21〜36節 「キリストの教え」
 光りと闇がヨハネ福音書の重要なモチーフです。 ヨハネ福音書の序章である1章5節には「光りは暗闇の中で輝いている。暗闇は光りを理解しなかった。」とあります。  光はイエス・キリストであり、闇はユダヤ人たちです。つまりそれは私たちです。8章21〜30節ではイエス・キリストを信じず、「自らの罪の中に死ぬ」であろうユダヤ人たちとイエス様の会話が記されており、31〜36節では、イエス様を信じるようになったユダヤ人とイエス様の会話が記されています。しかし、ここでイエス様を彼らが信じるようになったと言っ... ...続きを見る

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2016/01/26 04:07
2016年1月17日 ヨハネによる福音書1章 35〜51節 「最初の弟子たち」
 その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。6:そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。7:二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。 8:イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、9:イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。... ...続きを見る

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2016/01/18 22:58
2016年1月10日 ヨハネ福音書1章29-34節「イエスの洗礼」
年末からお正月にかけて、あちらこちらへ旅行に出かけられた方もいらっしゃるかもしれません。先日、とある会合で、親が子供を海外旅行に連れて行って、色々と珍しい物を見せたり、変わった体験をさせることにどんな教育的意味があるだろうかということが議論になりました。一つの意見は、「子供が色々と体験することは、その子供の人生を豊かにする」というものでした。もう一つの意見は、「いわゆるリゾート地に滞在するようなお金で買える体験あるいは親から押し付けられた体験は、その子の人生を豊かにするどころか、むしろ情緒を貧し... ...続きを見る

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2016/01/11 09:23
2015年12月27日 マタイ福音書2章1−12節「東方の学者たち」
 ヘロデ王の時代にイエス様はユダヤのベツレヘムで生まれたと、マタイ福音書は伝えます。占星術の学者たちが東方からエルサレムへやってきて、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」と尋ねます。占星術の学者たちにとっては、彼らはこのユダヤの地で王が生まれた徴である星を見たので、それは、ユダヤを支配する王にお祝いを述べるつもりであったと考えられます。  しかし、この占星術の学者たちの言葉を聞いてヘロデ王は不安になります。ま... ...続きを見る

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2016/01/07 17:23
2016年1月3日 ヨハネ福音書1章14〜18節「人となった神」
ヨハネによる福音書/ 01章 14-18節 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。 ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。 律法はモーセを通して与えられたが... ...続きを見る

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2016/01/07 17:14
2015年11月19日 列王記上20章1〜43節
 アラムの王、ベン・ハダドが全軍を率いて、アハブ王のサマリヤに攻めてきました。三十二人の王侯、軍馬、戦車をそろえたということからもどのような大軍であったかが分かります。 ...続きを見る

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2015/12/23 22:53
2015年11月12日 列王記上 19章 19〜21節
エリヤは、王妃イゼベルから命を狙われ、サマリヤの国外へ脱出し、ユダを通り過ぎ、荒野をさらに南下して神の山ホレブに至ります。モーセがかつて十戒を神様から受け取った、イスラエルにとって、もっとも大きな歴史的出来事があった山です。その歴史的事件を思い起こすとき、十戒の書かれた二枚の石板を受け取って、山を降りてくる、モーセの姿と共に、モーセがいない間に、金の子牛を造って偶像礼拝を始めてしまっていたイスラエルの愚かさが同時に思い起こされます。 イゼベルによって、バアル信仰が北イスラエル王国にもたらさ... ...続きを見る

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2015/12/23 22:32
2015年12月20日 イザヤ書/ 07章10〜 14節(クリスマス礼拝)
 クリスマスは、イエス・キリストの誕生を記念する礼拝です。キリスト・マスがつづまってクリスマスとなり、マスはミサの意味で、礼拝です。神様が、この世に、私たち罪深い人間が、その罪を赦されて、永遠に生きることができるようになるためにイエス・キリストをこの世に下さったことを感謝しお祝いするための礼拝です。神様が、イエス・キリストをこの世に下さったということにちなんで、私たちも隣人にプレゼントをするという習慣ができた訳です。「神を愛し、隣人を愛しなさい」と神様は私たちに命じていますから、神を愛することと... ...続きを見る

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2015/12/20 22:31
2015年11月5日 列王記上 19章 9〜18節
カルメル山で、バアルの預言者との祈りの戦いに勝利したエリヤですが、にもかかわらず、王妃イザベルは、エリヤに殺されたバアルの預言者たちの敵を取ろうとし、命を狙われます。エリヤは、王妃イザベルを恐れて直ちに逃げました。カルメル山であれほどの神の力を見せつけながら、エリヤは、その力をイザベルに向かって行使して、彼女を天の火で焼き殺してしまうこともできたでしょうが、そのようなことをするのではなく、逃げ惑い、力尽きて、「もうだめだ」と弱音を吐きます。神は、御使いを送ってエリヤをパンと菓子と水で力づけ、エ... ...続きを見る

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2015/12/17 18:45
2015年12月13日 ヨハネ福音書 1章19〜28節「先駆者」 新約p.163
ここ数年前から、「新天地」というキリスト教系のカルト宗教が韓国で猛威を振るっています。イ・マンヒという人を再臨のキリストと信じています。最初、教会に新来会者としてやってきて、熱心に教会活動に参加します。また伝道活動にも熱心で、他の人を誘って、教会に連れてきます。しかし、それは同じ新天地のメンバーに過ぎません。おかげで教会の人数は増えるので、牧師先生は喜んでしまって彼または彼女を信用します。30人くらいの教会に、30人くらいの人を連れてきたりして、会員が倍になったりする例があるとのことです。彼ら... ...続きを見る

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2015/12/14 21:25
2015年11月29日 イザヤ書52章 02〜10節
今、日本のキリスト教会には希望がない、未来がないと言われているそうです。高齢化が進み、どんどん教会の規模が小さくなっている。東京などの大都市の教会も下降線をたどっているようです。そして、むしろこの頼みの都会の教会の人数的な規模がどんどん縮小しているのが、その危機感の原因のようです。大都市の教会が衰退しているのですから、地方は以前からもっと伝道が低迷していたので、顧みるまでもないというような状態だそうです。日本のキリスト教世界では有名な同志社大学神学部では、今年の卒業生の中で、牧師になったのは... ...続きを見る

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2015/11/29 17:49
2015年11月22日 エレミヤ23章1−6節「王の職務」
 先々週、金曜日にパリで同時テロ事件がありました。この事態に、誰もが不安を募らせています。テロ組織は、イスラム教徒を標ぼうしており、キリスト教世界とイスラム教世界の対立を狙っています。テロ組織が自分たちの旗としている黒い旗は、イスラム教において、聖戦(ジハード)を宣言するものだそうです。しかし、イスラム教の世界からもISISなどの動きは、本来のイスラム教ではないという宣言が出されています。  テロ組織を壊滅させようとして軍隊を出して空爆を行えば、多くの無実の人々が巻き添えになり、憎しみの連鎖が... ...続きを見る

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2015/11/22 15:31
2015年10月22日 列王記上 19章 01〜8節
 エリヤの言葉によって三年に亘って雨が降らず、たった一人でバアルの預言者と祈りの対決をしてこれに公衆の面前で勝利し、天から火が下って神への捧げものが焼き尽くされ、「激しい雨の音が聞こえる」とエリヤが告げると、雲一つない空の彼方に小さな雲が現れ、ついにイスラエルのサマリヤに雨がもたらされます。苦難の末のエリヤの大勝利であり、エリヤが国中から尊敬と敬意を集め、すべての民はイスラエルの神を称えて、異教の神々を捨て去り、宗教改革がエリヤの手によってなされるはずでありました。アハブ王は、自分が体験したこと... ...続きを見る

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2015/11/09 20:04
2015年11月8日 創世記12章1〜9節 神の民の選び(アブラハム)」旧約p.15
 主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。」 ...続きを見る

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2015/11/08 22:24
2015年10月8日 列王記上 18章41〜46節
 アハブ王の時代、アハブ王が隣国シドンから迎えた妻イゼベルによって偶像の神であるバアル信仰がイスラエルに持ち込まれます。イゼベルは、自分の信じるバアル信仰を保護し、唯一真のイスラエルの神に仕える預言者たちを迫害しました。イスラエルは、自分たちを救い、導いている真の神の信仰を見失ってしまったのです。  この暗闇に神は預言者エリヤを遣わして、イスラエルを闇からご自身の光のもとへと連れ戻そうとされました。  エリヤはアハブ王に、「生きて働いておられる神のゆえに、私が告げるまで雨が降らない」と通告し... ...続きを見る

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2015/11/08 22:18
2015年11月1日 創世記3章1〜15節、ヨハネ3章13〜21節、「堕落」
主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」 女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。 でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」 蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。 それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」 女が見ると、その木は... ...続きを見る

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2015/11/02 09:53
2015年10月23日 青年集会 詩編6編
【指揮者によって。伴奏付き。第八調。賛歌。ダビデの詩。】 主よ、怒ってわたしを責めないでください 憤って懲らしめないでください。 主よ、憐れんでください わたしは嘆き悲しんでいます。主よ、癒してください、わたしの骨は恐れ わたしの魂は恐れおののいています。主よ、いつまでなのでしょう。 主よ、立ち帰り わたしの魂を助け出してください。あなたの慈しみにふさわしく わたしを救ってください。 死の国へ行けば、だれもあなたの名を唱えず 陰府に入れば だれもあなたに感謝を... ...続きを見る

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2015/10/24 12:26
2015年10月18日 ヘブライ11章32節〜12章2節「天国に市民権を持つ者」
 イエス様の十字架の言葉として伝えられているものに、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」というものがあります。マタイ、マルコに伝えられていて、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか?」という意味です。  全能の神の子であるイエス・キリストがなぜ、このような言葉を発したのかということは、大きな疑問です。以前、ドイツの神学部で学生がこのことをある教授に尋ねた時、その教授は、「私は分かりません。聖書にはそのような分からないことはあります」ということをおっしゃいました。その時は、「なんだ、そん... ...続きを見る

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2015/10/18 23:14
2015年10月4日 フィレモンへの手紙01〜25節 「弱者をいたわる」
 パウロとテモテは、イエス・キリストを信じる信仰のゆえに囚われて獄の中にいます。ローマで最初に捕まった時ではないかと、解説書にはありました。パウロが監禁されているところに、オネシモは、やはり逮捕されて、囚人としてパウロと同じように監禁され、パウロと知り合い、悔い改めて福音を信じ、全く新たにされて神の僕となりました。 ...続きを見る

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2015/10/05 11:13
2015年10月1日 列王記上 18章 16〜46節
列王記上 18章 16〜46節   16:オバドヤはアハブに会って知らせたので、アハブはエリヤに会いに来た。 17:アハブはエリヤを見ると、「お前か、イスラエルを煩わす者よ」と言った。 18:エリヤは言った。「わたしではなく、主の戒めを捨て、バアルに従っているあなたとあなたの父の家こそ、イスラエルを煩わしている。 ...続きを見る

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2015/10/05 09:54
2015年9月27日 ヤコブ2章1〜9節「金持ちと貧者」
1:わたしの兄弟たち、栄光に満ちた、わたしたちの主イエス・キリストを信じながら、人を分け隔てしてはなりません。 2:あなたがたの集まりに、金の指輪をはめた立派な身なりの人が入って来、また、汚らしい服装の貧しい人も入って来るとします。 3:その立派な身なりの人に特別に目を留めて、「あなたは、こちらの席にお掛けください」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこに立っているか、わたしの足もとに座るかしていなさい」と言うなら、 4:あなたがたは、自分たちの中で差別をし、誤った考えに基づいて判断... ...続きを見る

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2015/09/27 23:41
聖書を学ぶ会 2015年9月24日 列王記上 18章 1〜16節
多くの日を重ねて三年目のこと、主の言葉がエリヤに臨んだ。「行って、アハブの前に姿を現せ。わたしはこの地の面に雨を降らせる。」列王記上/ 18章 01節 ...続きを見る

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2015/09/24 22:25
聖書を学ぶ会 2015年9月10日 列王記上17章 01〜24節
 16章の最後には、神の奇蹟によって壁が崩壊して陥落したエリコがべテルの人ヒエルによって再建されたことが書かれていました。ヨシュアがこの町を再建しようとする者は、息子を失うと預言した通りに、ヒエルの長男と末子は死にます。イスラエルがこの豊かな神の約束の地に入った、いわば建国当時の精神を全く失ってしまったことが、このエリコの再建には象徴されています。またイスラエルの王アハブは、このイスラエル王国のそれまでのどの王にも増して悪しき王であったと聖書は伝えています。 ...続きを見る

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2015/09/21 23:19
2015年9月20日Tテモテ6章1−12節「この世の富」
軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです。主人が信者である場合は、自分の信仰上の兄弟であるからといって軽んぜず、むしろ、いっそう熱心に仕えるべきです。その奉仕から益を受ける主人は信者であり、神に愛されている者だからです。 ...続きを見る

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2015/09/21 23:15
2015年9月13日コロサイ3章12〜17節「慈愛・謙遜・柔和」
あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。キリストの言葉... ...続きを見る

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2015/09/21 23:06
2015年9月6日 ガラテヤの信徒への手紙 06章 14〜18節「十字架を背負う」
14:しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。 15:割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。 16:このような原理に従って生きていく人の上に、つまり、神のイスラエルの上に平和と憐れみがあるように。 17:これからは、だれもわたしを煩わさないでほしい。わたしは、イエスの焼き印を身に受けているのです。 18:兄弟た... ...続きを見る

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2015/09/06 21:33
聖書を学ぶ会 2015年9月3日 列王記上16章8〜34節
 ハイデルベルク信仰問答を一通り終えて、次は何を取り上げようかと少し考えました。2007年12月13日に列王記上16章7節までを学び、来会者の関係などもあり、これを中断していましたので、再開することに致しました。 ...続きを見る

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2015/09/04 19:39
2015年8月30日 コリントの信徒への手紙二 11章 07〜15節「神からの誉」
7:それとも、あなたがたを高めるため、自分を低くして神の福音を無報酬で告げ知らせたからといって、わたしは罪を犯したことになるでしょうか。 8:わたしは、他の諸教会からかすめ取るようにしてまでも、あなたがたに奉仕するための生活費を手に入れました。 9:あなたがたのもとで生活に不自由したとき、だれにも負担をかけませんでした。マケドニア州から来た兄弟たちが、わたしの必要を満たしてくれたからです。そして、わたしは何事においてもあなたがたに負担をかけないようにしてきたし、これからもそうするつもりです... ...続きを見る

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2015/09/03 22:13
2015年8月16日 ヤコブ1章19〜27節 「信仰の証し」新約p. 422
ヤコブの手紙/ 01章 19〜27節 「わたしの愛する兄弟たち、よくわきまえていなさい。だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。人の怒りは神の義を実現しないからです。」 ...続きを見る

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2015/08/16 18:32
2015年8月9日 テサロニケの信徒への手紙一 1章1−10節「主の来臨に備える」
 昨日は、少し、酷暑も和らぎましたが、この2週間ばかりは本当に暑い日が続きました。今日も暑い日です。時々思い出す、少年時代の記憶があります。近くの川の桜並木に蝉取りに行って、結構大きなカナヘビが桜の幹で休んでいました。私は石を投げて、そのカナヘビを殺しました。石が命中してカナヘビがギャっとなって落ちてゆく瞬間は今も時々脳裏に浮かびます。かわいそうなことをしたものだと思い出すたびに思います。子供は結構残酷なことを平気でするものです。 中学校の時の社会科の先生は、子供のころ、池の金魚を捕まえては、... ...続きを見る

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2015/08/09 22:10
2015年7月12日 ガラテヤ6章1〜10節「キリストの心」
1:兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、“霊”に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい。 ...続きを見る

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2015/07/15 01:10
2015年7月5日 使徒言行録20章7-12節 「生命の回復」
 先週の金曜日、日本福音キリスト教会連合の水戸下市キリスト教会で、Kid’s Gameというスポーツや遊びを通して、体験的に聖書を学ぶ、子供のためのプログラムについてのセミナーがあり英美子先生と一緒に参加させていただきました。シンガポールとオーストラリアとマレーシアと日本のスタッフが教えて下さったのですが、導入で、椅子に一人の参加者を座らせて、他の4人の参加者にひとさし指一本で持ち上げてみてくださいというものがありました。4人の人差し指では全然持ち上がりません。ところが、人数を倍くらいにすると... ...続きを見る

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2015/07/08 00:52
2015年6月28日 使徒言行録11章4〜18節 「民族の隔てを超える神の愛」
イエス様が天に昇られ、父の御元に帰られた後、「聖霊を弟子たちに送られる」ということが約束されていました。イエス様も弟子たちもユダヤ人であり、キリストはユダヤ人を救うために来るものだと考えられていました。またユダヤ人、イスラエル民族は神によってそのために選ばれた民だという信仰的自覚がありました。そして、来るべきメシアを待ち望むがゆえに神から与えられた律法を一生懸命にまもっていたのです。ですから、異邦人もまたイエス・キリストを信じれば、そのままで救われるということは、彼らにとって考えられないことでし... ...続きを見る

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2015/07/08 00:46
2015年6月21日 使徒言行録8章26〜38節「一人の人から始められる神の業」
 ステファノの殉教をきっかけとして、イエス・キリストを信じる者たちが、爆発的に増えてくるのを恐れた、ユダヤの宗教的指導者たちは、誕生したばかりのキリスト教会に迫害を行います。信者たちはちりじりにエルサレムから逃げ出しますが、信者たちが散ったおかげで、福音は、エルサレム以外の場所にも広がってゆきます。 ...続きを見る

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2015/06/21 09:07
2015年6月7日 使徒言行録2章37〜47節「教会の一致と交わり」
 十字架で殺されたイエス様は、キリストであったというペテロの説教を聞いた人々は、大きなショックを受けて、「私たちはどうしたらいいのだろうか?」と、ペテロや他の使徒たちに問いかけます。ペテロは彼らに向かって「悔い改めて、罪が赦されるためにイエス・キリストの御名による洗礼を受けなさい。」と勧め、その日に3千人ほどの人が洗礼を受けたと聖書は伝えています。  私たちにとって、この聖書に書かれているペテロの説教を読んでも、とりわけ感動を覚える訳ではなく、かえって「この説教の理屈はすこしおかしいのではない... ...続きを見る

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2015/06/07 09:59
「2015年5月31日 使徒言行録2章22〜36節「教会の使信」 」について
「2015年5月31日 使徒言行録2章22〜36節「教会の使信」 」について 私たちの知識の限界性とは、数学が絶対的な永遠の真理であると見做すことに現れています。 ...続きを見る

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2015/06/01 06:12
2015年5月31日 使徒言行録2章22〜36節「教会の使信」 
イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。 このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。 しかし、神はこのイエスを死の苦しみか... ...続きを見る

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2015/05/31 16:51
2015年5月24日 ルカ福音書11章1〜13節
今日は、聖霊降臨日、ペンテコステを祝う日です。これは、イエス・キリストがよみがえって40日間その復活の姿を弟子たちに現して天に昇り、それから10日後、つまり復活から50日目、弟子たちが集まって一心に祈っていると、聖霊が火のように弟子たちに降り、弟子たちは聖霊に満たされて、エルサレムの人々に福音を様々の言語で証したという奇跡を記念するものです。 私たちは、このような不可思議な現象が起こることを求めがちです。そして、そのようなことが、起こるような方法は何だろうかと考えたりします。しかし、それは往々... ...続きを見る

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2015/05/24 19:53
2015年5月10日 ルカ福音書7章1〜10節 「信仰に報いる主」
 イエス様が、人々に癒しの業を行い、また「敵を愛しなさい」などの御言葉を伝えて後、カファルナウムへ来られると、一人の百人隊長が、ユダヤ人の長老たちを通して、瀕死の病になっている自分の部下の癒しをイエスにお願いします。百人隊長は、ユダヤを占領しているローマの軍隊の士官ですから、イスラエルにとって敵です。百人隊長は、ですから、イエス様の行う奇跡の力とイエス様が語られた言葉の内容をよく理解していたと考えられます。つまり、「敵を愛しなさい」ということをイエス様はおっしゃっているのですから、神の民イスラエ... ...続きを見る

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2015/05/11 21:38
2015年4月26日 ヨハネ福音書6章34〜40節「命のパン」
そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたし... ...続きを見る

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2015/04/27 14:10
2015年4月19日ルカ福音書24章36〜43節「弟子たちに現れた復活のキリスト」
 復活の日の朝、女性たちがイエスの葬られた墓へ行くと、墓の扉は開いていて、イエスの遺体はなく、天使がいてイエスの復活を告げ知らされます。そのことを彼女たちは弟子たちに知らせますが、弟子たちは信じませんでした。ペテロは、墓へ行って、彼女たちが言うように、墓が空であることを確認して戻ってきます。同じ日、クレオパともう一人の弟子が、エルサレムの隣の村へ行く途中でイエスに出会いますが、彼らが、「この人はイエスだ」と分かった瞬間にイエスは消えてしまいます。二人の弟子は大急ぎで、エルサレムへ取って返します。... ...続きを見る

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2015/04/20 13:55
2015年4月12日 ルカ福音書24章13〜35節「復活顕現」
 早朝に、墓に行った女性たちにイエス・キリストの復活が、天使によって告げられたその日、二人の弟子たちがエルサレムを離れてエマオという町へ向かっていました。60スタディオンというのは、1スタディオン185mということですから、11.1kmで、丁度、水戸から大洗くらいです。彼らは、イエスの遺体が無くなってしまったことについて議論をしながら歩いていました。そこへ復活したイエス様が近づいてきましたが、彼らはそれがイエスだとは気が付きません。イエス様は、二人に「何について話しているのか?」と、聞きます。す... ...続きを見る

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2015/04/13 10:14
2015年4月5日 ルカ福音書24章1〜12節「キリストの復活」
 復活の朝早くまだ薄暗い内に何人かの女性たちが、イエスが葬られた墓に向かいます。金曜日の午後、安息日の始まる直前に墓に収められたので、イエスの遺体は、十字架に架けられて殺され、様々な虐待を受けた傷もそのままで、亜麻布にくるんで墓の中に安置することが精一杯で、葬るための準備などがなにもなされていなかったはずです。ユダヤでは、一日の始まりは日没から数えます。そうしますと金曜日の日没が安息日の始まりになります。安息日が始まってしまってからは葬りのために遺体を整えるようなことはなにもできなくなってしまう... ...続きを見る

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2015/04/05 23:00
2015年3月29日 ルカ福音書23章26〜43節「十字架の死」
 今日は、イエス様がエルサレムへいらっしゃったとき、群衆が歓呼して、手に手に棕櫚の葉をもって王を迎えるように歓迎したことを記念する棕櫚の聖日です。今日から始まる今週一週間がイエス様の十字架の苦難を記念する日々となります。木曜日は洗足木曜日と言われ、いわゆる最後の晩餐の前にイエス様が弟子たちの足を洗われた日です。そして金曜日は、十字架に付けられた日であり、来週の日曜日が復活日、イースターとなります。キリスト教国では、受難日の金曜日が休みであることが多いですが、私たちの日本社会ではそんなことはありま... ...続きを見る

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2015/03/30 11:04
2015年3月22日 ルカ福音書20章9〜19節「十字架の勝利」
 イエス様は、集まった群衆に向かって例え話を語り始めました。ある人がぶどう畑にぶどうを植え、農夫たちにそれを預けて、かなりの期間、そこを立ち去ります。時が来たので、僕を送って、農夫たちにぶどうの収穫を収めさせようとすると、農夫たちは僕を袋叩きにして空手で送り返します。これを三度繰り返しますが、農夫たちは、同じように僕を侮辱して空手で送り返してきました。ぶどう園の持ち主は、考えて、自分の息子ならば、これをたぶん敬うだろうと、行かせるのですが、農夫たちは、これを見て、ぶどう園を自分たちのものにするた... ...続きを見る

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2015/03/23 08:27
2015年3月15日 ルカ福音書9章28-36節「主の変貌」
 「あなたは、神の子である」と、ペトロがイエスに告白した後、イエス様は、直ちに、そのことを誰にも言わないようにと厳しく命じます。そしてまた、ご自身が、「当時のユダヤ教の指導者たちから排斥されて殺され、三日目に復活する。」と、これから苦難の道を歩まれることを予言します。「自分の十字架を負って、私についてきなさい。。ここに一緒にいる人々の中には、神の国を見るまでは決して死なない者がいる。」というお話があってから8日目のこと、イエスは弟子たち3人を伴って祈るために山に上り、そこでイエスの姿が、まばゆく... ...続きを見る

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2015/03/15 09:39
2015年3月1日ルカによる福音書11章14〜26節「悪と戦うイエス」
 イエス様は悪霊を追い出すことができた方です。悪霊というと何か非常に非科学的で、怪しく危ないもののように思われます。しかし、ほんの百年ほど前までは、この悪霊の類は、現実のものとして考えられていたと言ってもいいのではないでしょうか。近年の目覚しい医療技術の進歩によって様々な病気が治るようになり、悪霊を追い出すことによって病気を治そうなどというのは完全に誤ったことであると私たちは、考えています。  どこかの山の村で、病気の人を悪霊に憑かれているから、この悪霊を追い出そうと、竹の棒で皆で叩いて殺して... ...続きを見る

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2015/03/02 18:19
ハイデルベルク信仰問答 問110
 感謝について 問110 神様は第八戒において何を禁じておられるのですか。 第八戒 あなたは盗んではならない。                  答 神様は、政府によって罰せられる盗難や強盗を禁じておられるばかりではなく(Tコリント5:10)、私たちが隣人の財産を自分のものにしようとするすべての悪行と襲撃も盗みとしています。それは暴力によって、あるいは見せかけの法による不正な量り(箴言11:1、16:11)、物指し、升(エゼキエル45:9以下、申25:13以下)、商品、貨幣、暴利(詩... ...続きを見る

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2015/02/26 10:18
ハイデルベルク信仰問答 問109
感謝について 問109 神はこの戒めにおいて姦淫とそれと同様のこと以外、禁じられていないのですか。 答 私たちの体と霊の両方が聖なる霊の宮なのですから、私たちがその両方共をきよく聖なるものとして守ることを神は望んでいます。ですから神は、すべてのけがらわしい行い、態度、言葉(エフェソ5:3,4:1,Tコリント6:18-20)、考え、欲望(マタイ5:27-32)そして、人間をそのようなものへと向かわせることを(エフェソ5:18,Tコリント15:33)禁じています。 ...続きを見る

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2015/02/26 10:13
2015年2月8日 ルカによる福音書5章12〜26節 「死に至る病」
 ヨルダンのパイロットが動物のように鉄の檻に入れられて、イスラム国を名乗るテロリスト集団によって焼き殺されました。 先日、とある犯罪を犯した人と関係する講習会があり、講師の方も、「あんな考えれないような残酷なことができるのか?」ということをおっしゃっていました。お気持ちは分かるのですが、私は違和感を覚えました。「なぜ、『あんな考えれないような残酷なことができるのか?』と考えられるのか?」という疑問が湧いたからです。なぜならば、あのような出来事は、別に考えられないような残酷なことではないからです... ...続きを見る

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2015/02/10 18:40
2015年2月1日ルカによる福音書8章4〜15節 「信仰の種」
  神に祈り求めつつ、わたしたちクリスチャンは日々の生活を形作りたいと願っています。日々、聖書に親しみ、その御言葉を深く心に留め、祈りを大切にしようと思ってはいるのですが、これを実践することは、そんなにたやすいことではありません。  この種まきのたとえは、何度も教会の中で語られ、有名な聖書の言葉です。「ああ、またか」と思ってしまって、分かっているつもりになってしまう危険性があります。  道ばたに落ちた種とは、実にこのような状態ではないでしょうか。聖書の御言葉を日々読み、聞いてはいますが、何度... ...続きを見る

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2015/02/01 18:32
2015年1月11日 ルカによる福音書 3章15〜22節 新約p.106「イエスの洗礼」
 本日の聖書の言葉は、ルカによる福音書3章です。洗礼者ヨハネの言葉とイエス様が洗礼を受けられたことが記録されている箇所です。 ...続きを見る

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2015/01/11 22:17
2015年1月4日 ルカ福音書2章21〜40節「私たちの救いの光」
2015年1月4日 ルカ福音書2章21〜40節「私たちの救いの光」 ...続きを見る

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2015/01/10 12:43
2014年12月24日クリスマス・イブ礼拝 ヨハネ福音書1〜14節
 クリスマスは、真冬の祭りです。日が一番短くなり、夜が一番長くなる冬至から少し過ぎたとところにあります。このままいくと、この世は闇に包まれてしまうのだろうかという冬至を超えて、まだ感覚的には分かりませんが、徐々に昼が長くなり始めている時です。古代のキリスト教会はこの時をクリスマスとして定めました。クリスマスとはキリストの祭り、キリストの誕生日を祝う日とされました。歴史的にイエス・キリストが12月25日に生まれたという根拠や資料はありません。 昔ヨーロッパ地域では、土俗の太陽の復活を祝う祭りがあ... ...続きを見る

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2014/12/24 23:53
2014年12月21日 ルカ福音書2章1〜20節 新約p. 102「キリストの降誕」
 クリスマスは、希望の祭りです。ですから、それは毎年必ず祝わなければならない祭りです。なぜならば、私たちはちょっとしたことですぐに絶望してしまうからです。そして、私たちのこの世の人生は、誰もがつまるところ、死で終わりますから、私たちは本質的に絶望の中にあります。クリスマスは、ですから、この絶望しかないこの世にもたらされた希望です。希望の光の到来をクリスマスは、祝うのです。私たちの希望の光とは、イエス・キリストです。 どこから、その希望はもたらされたのでしょうか?それは、この世からではありません... ...続きを見る

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2014/12/21 23:04
2014年12月14日 ゼファニア 3:14〜18 旧約p.1474 「勝利を得るために」
今年は、再建の工事のことなどで落ち着かない日々が続いていて、ほとんどクリスマス案内のチラシ配りなどができないでいます。チラシ自体はある程度作りましたので、無駄になってはいけないと、昨日土曜日の夜、クリスマス案内のチラシ配りをしました。最近は、マンションなどの無許可のポスティングは、「住居侵入罪で警察に通報します」と、書いてあるので、ちょっとおっかないですし、「迷惑なのだなぁ」と思い、最近としては珍しく、またクリスマスには初めてかと記憶するのですが、駅前で教会のクリスマス案内のチラシ配りをしま... ...続きを見る

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2014/12/16 20:38
2014年12月7日イザヤ書55章1〜11節「旧約における神の言葉」
1 渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め/価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。 ...続きを見る

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2014/12/08 11:09
2014年11月30日 エレミヤ33章14〜16節 旧約p.1241「主の来臨の希望」
 昨夜、例年通り、クリスマス・ツリーを設置した点灯礼拝が、大洗ベツレヘム教会で行われました。私は、今年は色々とありましたので、体力的というよりも精神的に少し疲れた感じがしていました。それで、「クリスマスだからと言って何をお祝いするのか?」と、否定的な気持ちで礼拝に臨みました。夜9時ごろから12時近くまで礼拝が行われ、彼らの関わっている水産加工業は、今から年末にかけての時期が殺人的に忙しいのですが、にもかかわらず多くのインドネシアの兄弟姉妹が身支度をして集っていました。今年はサンゲル島から来た男性... ...続きを見る

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2014/11/30 22:23
2014年11月16日 出エジプト記3章1〜15節「救いの約束」
 聖書において神様が、何かを始められるとき、それは常にと言ってもいいほど、一人の人を起こされます。ノアであり、アブラハムであり、このモーセもそうですが、ダビデやダニエル、またイエス様もそうですし、パウロもそのような一人に数えられるでしょう。  私たちは、よく「みんなで行うことが大切だ」、「みんなの理解を得て、その働きが認められなければいけない」と言ったり、言われたり考えたり、教えられたり教えたりします。しかし、わたしは、最近、「どうもこの教えはまちがっているのではないか」と、考えるようになりま... ...続きを見る

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2014/11/18 20:31
2014年11月9日 創世記18章1-15節「神の民の選び(アブラハム)」
 エボラ出血熱という恐ろしい病が、今、世界を脅かしています。アフリカのスラム街で発生したこの病に私たち先進国は戦々恐々としています。特に欧米ではパニック状態になりそうなほど深刻です。この報道に接して、私は富は分け合うものだということをあらためて思わされます。私が人よりリッチであることではなくて、どれだけ分け合うことができたかが人生の価値なのだと思わされます。スラムが、ある程度の衛生度をもった住宅街であったら、あの恐ろしい病は流行しなかったと思うのです。  だから貧民救済活動ということを思う一方... ...続きを見る

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2014/11/18 20:22
2014年11月2日 創世記9章8〜17節「保存の契約(ノア)」
 私たちの信仰は、イエス・キリストの復活を信じるということです。復活されたからこそ、イエスは、キリスト、救い主です。これは、何を意味するかというと、私たちは、私たちの人生は、この世の死で終わってしまうのではなく、私たちもまた復活するということです。私たちが復活する永遠の未来を私たちは信じています。  私たちは今日、ここにこの世を去った私たちの愛する兄弟姉妹を記念して集まりました。これは、死んでしまった人々の遺徳をしのぶとか、死者の霊を慰めるということではありません。そうではなく、私たちは、彼ら... ...続きを見る

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2014/11/07 06:36
2014年10月19日 黙示録7章2〜4,9〜12節 「天国に市民権を持つ者」新約p. 460
2 わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、 3 こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」 4 わたしは、刻印を押された人々の数を聞いた。それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。 9 この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う... ...続きを見る

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2014/10/20 11:37
2014年10月4日ヘブライ人への手紙11章23-28節(日立教会)
 本日の聖書の箇所は、日本基督教団の教会の暦によって、提案されている説教箇所です。信仰についてモーセを例として語られていますが、この箇所は、異教社会である日本の教会にとってはある意味わかりやすい箇所です。 ...続きを見る

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2014/10/10 16:33
2014年9月21日 ガラテア1章1〜10節 「生涯のささげもの」
1 人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ、 2 ならびに、わたしと一緒にいる兄弟一同から、ガラテヤ地方の諸教会へ。 ...続きを見る

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2014/09/25 23:40
2014年9月13日Iコリント12:27〜13:13「最高の道」
27 あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。 28 神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。 29 皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。 30 皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。 31 あなたがたは、もっ... ...続きを見る

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2014/09/19 09:13
2014年9月7日 使徒13章44〜52節「すべての人に対する教会の働き」
44 次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。 45 しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。 46 そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。 47 主はわたしたちにこう命じておられるからです。『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、/... ...続きを見る

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2014/09/11 09:45
Khotbah, tanggal 29 Agustus 2014
Kisah para rasul 13:1-12 “PENGUTUSAN MISIONARIS” Khotbah, tanggal 29 Agustus 2014, Kolom III, Jemaat Betlehem Oarai di GMIJ ...続きを見る

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2014/08/30 08:55
2014年8月17日ヘブライ12章3〜13節「主に従う道」
特攻 美しくない 元特攻隊員 「勇ましさ陶酔は簡単」 「上官は出撃せず、上官に目をかけられている人間は指名されなかった。強者が弱者を矢面に立たせることを実感した」               琉球新報 2014.8.16 ...続きを見る

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2014/08/17 23:24
2014年8月10日 Tコリント12章14〜26節「キリストの体」
14 体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 15 足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 16 耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 17 もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。 18 そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。 19 すべてが一つの部分になっ... ...続きを見る

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2014/08/16 16:17
2014年8月3日コリントの信徒への手紙II 6章1〜10節 「神による完全な武器」
 8月の第一日曜日は、平和聖日として定められています。言うまでもなく、これは広島、長崎に落とされた原子力爆弾と8月15日という大日本帝国の敗戦、あるいは終戦記念日を覚えて設定されています。今年は、特に、憲法で放棄されている集団的自衛権を閣議決定によって認めるという事態が発生し、大きな議論になっています。 先週の金曜日、8月1日に、私は、インドネシアの方の病院通訳を頼まれて、協同病院に行きました。診察等が終わって、会計などを待っているとき、杖をついた年配の男性の方が、私の隣に座り、話しかけてくだ... ...続きを見る

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2014/08/05 10:54
2014年7月27日 Tテモテ 3章14〜16節 「神からの真理」
16 信心の秘められた真理は確かに偉大です。すなわち、/キリストは肉において現れ、/“霊”において義とされ、/天使たちに見られ、/異邦人の間で宣べ伝えられ、/世界中で信じられ、/栄光のうちに上げられた。 ...続きを見る

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2014/07/30 12:42
2014年7月20日 ガラテア5章2-11節 「パン種に注意せよ」
自由という言葉はキリスト教において大切なことです。私たちクリスチャンは、自由な存在です。その自由は、イエス・キリストを信じるという信仰にあります。私たちの自由は、イエス・キリストという一点に、集中しているから自由なのです。丁度、振り子が一点で固定されて、ぶらさげられ、自由に動くようにされているように、私たちは、イエス・キリストというお一人の方に連なって、自由に、それぞれが生きることができます。自由に生きるとは、なんでしょうか? それは愛するということです。振り子の運動は、愛するということです... ...続きを見る

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2014/07/25 13:09
2014年7月13日 使徒13章13〜25節 「神の計画」
キプロス島では、バルイエスというユダヤ人の魔術師に起こった聖霊の御業によって、セルギウス・パウルスという賢明な地方総督が、イエス・キリストを信じる信仰に入ります。福音の伝道を妨害したバルイエスは、それを叱ったパウロの言葉によって直ちに目が見えなくなってしまいました。 ...続きを見る

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2014/07/15 23:08
2010年6月27日 使徒13章13〜25節 「神の計画」
 イスラエルの神は、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と言われます。私たちはあまり意識することがありませんが、これは実は非常に変わった言い方です。「先祖伝来の氏神様の様なものだろう」と、思いがちですが、全く違います。アブラハムに現れ、イサクに現れ、ヤコブに現れた神は、山の神でも、太陽の神でも、大地の神でもありません。風の神でもありません。そして、氏神様の様にご先祖様が神になったのでもありません。アブラハムに対しても、イサクに対しても、ヤコブに対しても同じように神として現れ、守り導いて下さ... ...続きを見る

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2014/07/12 16:59
2014年7月6日 使徒13章1〜12節「宣教への派遣」
1 アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。 2 彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 3 そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。 ...続きを見る

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2014/07/06 18:37
2010年6月20日 使徒13:1〜12 「宣教の力を与える聖霊」
13:1 アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。 13:2 彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 13:3 そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。 ...続きを見る

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2014/07/05 12:28
2014年6月22日使徒 4:13〜31「イエス・キリストの名による癒し」
 エルサレム神殿で施しを乞うていた生まれながら足の不自由な男が、ペトロとヨハネによって癒されるという奇跡が起きました。彼らが「イエス・キリストの名によって、立ち上がり、歩きなさい。」と命じるとその男の足は癒されました。 ...続きを見る

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2014/06/26 17:54
2014年6月8日 マルコ福音書4 章26〜34節「聖霊の賜物」
26 また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、 27 夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。 28 土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。 29 実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」 30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。 31 それは、からし種のようなものであ... ...続きを見る

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2014/06/09 23:30
2014年6月1日 ヨハネ福音書17 章1〜13節「キリストの昇天」
1 イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。 2 あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。 3 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。 4 わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上... ...続きを見る

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2014/06/01 18:37
2014年5月25日 ヨハネ福音書16 章12〜24節「父のみもとへ行く」
12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。 13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。 14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。 15 父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あな... ...続きを見る

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2014/05/29 13:37
2014年5月18日ヨハネ福音書15章1-11節「神の民」
 イエス・キリストがぶどうの木であり、イエスの弟子たちは、その枝であると言われています。イエスの弟子とは、イエス・キリストを信じる私たちです。枝は、ぶどうの実を結びます。聖書において、実を結ぶということは、「悔い改めにふさわしい実を結びなさい」と洗礼者ヨハネが言ったように、罪の告白と悔い改めに基づいた生き方、人生です。  イエス・キリストを信じていながら、「私は何も罪と呼ぶような過ちを犯したことはないし、悔い改める必要はありません」というのは、愚かなことです。それは、信仰ではありません。私たち... ...続きを見る

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2014/05/23 06:51
2014年5月11日 ヨハネ福音書13章31〜35節「キリストの掟」
13:34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 13:35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。 ...続きを見る

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2014/05/14 10:29
2014年5月4日ヨハネ福音書10章7〜18節「まことの羊飼い」
7 イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。 8 わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。 9 わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。 10 盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。 11 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。 ... ...続きを見る

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2014/05/08 12:11
2014年4月27日ヨハネ福音書20章19〜31節「復活顕現」
 十字架につけられて殺され、復活したイエス・キリストは、三日目によみがえり、その三日目の夕方に、弟子たちに現れました。しかし、その場に十二弟子のひとりであるディドモと呼ばれるトマスは、復活の主に出会ったという仲間の言葉を信じられませんでした。「自分のこの目で見て、手で触って確かめなければ、私は信じない」と、彼は言ったのです。するとその一週間後にイエスは、トマスも含めて、弟子たちがいる場に現れて、トマスに自分の手の釘のあとと、脇腹の傷をしめして、「信じないものではなく、信じる者になりなさい」と、諭... ...続きを見る

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2014/05/08 12:02
2014年4月20日ヨハネ20章1〜18節「キリストの復活」
 震災から、丸三年が過ぎました。仮住まいのつもりの隣のアパートでの生活ももうすぐ三年になろうとしています。仮住まいのつもりで、色々とものを押し込んだのですが、考えてみれば、中学へ入学したお子さんが高校へ行く、高校へ行ったお子さんが大学へ入学するような期間です。新しいところへ移るのだから、すべてが差し当たってのものでと考えていましたが、それなりの期間を住んでいることに気がつき、最近、ようやく、少し住みやすいように家具の場所を変えてみたりしました。  みなさんのご生活にも、まだまだ色々と大変なこと... ...続きを見る

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2014/04/24 00:55
2014年4月13日マルコによる福音書14章32〜42節「十字架への道」
 弟子たちとの最後の晩餐を終えて、イエス様は、最後に祈るために、ゲッセマネと呼ぼれていた場所へ行かれます。イエス様は、弟子たちに、「私と一緒に目を覚ましていて、祈って欲しい」と、おっしゃいましたが、弟子たちは、三回もお願いされ、注意されたにもかかわらず、眠り込んでしまいます。 ...続きを見る

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2014/04/13 13:40
2014年4月6日マルコ福音書10章32〜45節「十字架の勝利」
 キリスト教は、神に感謝する宗教です。私たちの人生は、基本的にどんなことがあっても感謝以外の何ものでもないと信じ、告白するのが、私たちクリスチャンです。  それは、処世術として、誰かもっと自分より状況の悪い人が世の中には必ずいるのだから、その人々と比べて、自分は恵まれていると感謝することではありません。そうではなくて、イエス・キリストの十字架の死によって、私たちは永遠の滅びである死から贖われて、永遠の命を与えられているからです。  今、家庭的な不幸を体験しているかもしれません。病気で苦しんで... ...続きを見る

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2014/04/13 12:44
2014年3月22日 マルコ福音書8章27〜33節「受難の予告」  
 イエス様は、弟子たちとフィリポのカイザリアへ向かいます。これは、イエス様が伝道活動の中心とされたガリラヤ湖周辺から離れて、北へ40kmほどのところです。群衆は従っておらず、イエス様と弟子たちとだけであった、その旅の途中で、「人々は自分のことを誰だと言っているか?」と、問います。弟子たちは、人々が「よみがえった洗礼者ヨハネ」とか、「エリヤ」とか、預言者の一人であるとか言っていると答えます。すると、イエス様は、弟子たちに「あなたたちは、私を誰だと思うのか?」と尋ねます。するとペトロが答えます。「あ... ...続きを見る

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2014/03/23 09:35
2006年3月19日 マルコによる福音書8章27-33節 「なぜキリストは十字架にかけられたのか」
 イエス様がこの世で生きられたその有様は異質なものでした。今日に至るまで、このイエス様を越える方は出ていません。幾万もの数え切れない王や皇帝がこの世には現れては消えて来ましたが、イエス・キリストその人は決して忘れられることなく、時代に流されることなく、立っています。本当は、イエス様が立っているのではなくて、この人間の歴史の方がイエス様によって支えられているのです。 ...続きを見る

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2014/03/23 05:41
2014年3月16日 マルコ福音書3章20〜27節「悪と戦うキリスト」(ベルゼブル論争)
20 イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。 21 身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。 22 エルサレムから下って来た律法学者たちも、「あの男はベルゼブルに取りつかれている」と言い、また、「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言っていた。 23 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、たとえを用いて語られた。「どうして、サタンがサタンを追い出せよう。 24 国が内... ...続きを見る

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2014/03/17 09:58
2013年2月24日 マタイ12章22−32節 「悪と戦うキリスト」
 悪霊に取り憑かれて話すことができず、目で見ることができない障害を負った人が、イエス様によって癒され、話し出し、目が見えるようになったのを見て、人々は驚愕します。そして、「この人は、ダビデの子ではないか」と、言い出します。「ダビデの子」とは、神様が約束されたキリスト、世の救い主を意味します。それを聞いたファリサイ派の人々は、「イエスは、悪霊の頭であるベルゼブルによって悪霊を追い出しているのだ」と、言い出します。するとイエス様はそれに対して、「サタンがサタンを追い出せば、内輪もめであって、サタンの... ...続きを見る

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2014/03/16 00:23
2007年3月4日 ルカによる福音書11章14〜26節 「ベルゼブル論争」
 イエス様が、口を利けなくする悪霊に憑かれた人から悪霊を追い出すと、口の利けない人が話すことができるようになりました。本物のキリストが現れて、奇跡によって人を癒すと、「あの男は悪魔の手先だ」と言い出す人々が現れました。そしてまた、本物のキリストがこの世にやって来て、その本物の証明をすると、ある人々はまさにそれを疑いだして、イエスを試し、天からの証明を求めたと本日の聖書の言葉は伝えています。  イエス・キリストは、素晴らしい奇跡の業をなし、人々を教えながらも、その正体は悪魔の子であるのか、それと... ...続きを見る

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2014/03/16 00:16
2014年3月2日 マルコ福音書4章35〜41節 「奇跡を行うキリスト」
 イエス様が、まだガリラヤ地方で、福音の伝道を始められ、弟子たちを選ばれ、大勢の群衆が、御許に集まりました。イエス様はさまざの教えをたとえでなさり、その意味を弟子たちに教えたりされていました。沢山の病人を癒す奇跡も行われました。弟子たちは、イエス様を信じてついて行くことが大切なことであり、イエス様を信じる信仰が一番大切なんだということを奇跡や教えを通して学んでいました。夕暮れになってきて、時間も遅くなってきたからでしょう。「今日は、ここでは、十分だ」と、感じられたのかもしれません、「向こう岸へ行... ...続きを見る

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2014/03/03 07:10
2014年2月16日 マルコによる福音書4章1〜9節 「教えるキリスト」
 マルコによる福音書では、イエス様は、まず、ガリラヤ湖周辺の町々を中心として伝道活動をされました。イエス様の癒しなどの奇跡を通して、イエス様の名は、このガリラヤ地方一帯に轟いていました。さらなる伝道のために12使徒が選ばれ、その教えは、益々広まり、人々に知られてゆくと共に、既存の宗教家たちとの摩擦も生じていました。ファリサイ人や律法学者たちなどとの対立が生じてきていました。  われもわれもと押し寄せてくる群衆に語りかけるために、イエス様は、舟に乗られ、岸にいる群衆に向かって語りかけられました。... ...続きを見る

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2014/02/17 09:16
2014年2月9日 マルコによる福音書4章10〜13,21〜35節
10 イエスがひとりになられたとき、十二人と、イエスの周りにいた人たちとがたとえについて尋ねた。 11 そこで、イエスは言われた。「あなたがたには神の国の秘密が打ち明けられているが、外の人々には、すべてがたとえで示される。 12 それは、/『彼らが見るには見るが、認めず、/聞くには聞くが、理解できず、/こうして、立ち帰って赦されることがない』/ようになるためである。」 ...続きを見る

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2014/02/10 07:54
2014年2月2日 マルコ福音書1章40〜45節「新しい神殿」
 イエス様は、重い皮膚病を患っている人を癒されました。この重い皮膚病というのは、ギリシャ語の原文では、「レプラ」というハンセン氏病のことを指す言葉が用いられています。人類の歴史の中で、ようやく100年ほど前に治療法、予防法が見つかるまで、生きながら死んでいくような恐ろしい病とされていました。私の小さい頃の記憶に、この病が遺伝するとか、菌が家に取り付くとか言うような、科学的事実に全く反することが、大人たちの間で語られているのを聞いたことがあります。  この不治の恐ろしい病が、イエス様が手を触れて... ...続きを見る

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2014/02/02 12:45
ハイデルベルク信仰問答 問70
聖なる洗礼について ...続きを見る

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2014/01/25 09:23
2014年1月19日 マルコ1章14-20節 「最初の弟子たち」
 イエス様の弟子たちは、イエス様に呼びかけられて、その声を聞き、従いました。それは、今も同じです。イエス・キリストを信じる信仰は、私たちが真理を探求した結果として、獲得するのではなく、イエス様の呼びかけに応えることによって与えられます。  知人や友人、その他の本や映画や色々な福音宣教のグループとの出会い、家族など、私たちをこの教会へ導いたものは様々あるかと思いますが、イエス・キリストを信じる決断を私たちにさせるのは、神様の御言葉である場合が非常に多いのです。そして、それは、最もスタンダードな普... ...続きを見る

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2014/01/19 13:16
2005年1月15日 マルコによる福音書1章14〜20節 「神にとってあなたは何なのか」
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」 ...続きを見る

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2014/01/18 21:50
2010年1月17日 マルコ福音書1章14〜20節 「イエスの弟子たち」
 洗礼者ヨハネは人々に罪の赦しを得させる洗礼を人々に施しました。これは非常に大きな大衆運動となって、全ユダヤ地方の人々が荒野に住んでいたヨハネのもとを訪れ、洗礼に与りました。イエス様ご自身も洗礼者ヨハネから洗礼を受けられますが、その直後、荒野で一人、悪魔の誘惑を受けられました。ヨハネは神の御心に生きた人でしたので、時のヘロデ王の不道徳な行いを批判したことが原因で牢に捕らえられます。その後で、イエス様はヨハネが活動したイスラエル南部のユダヤ地方ではなく、北部のガリラヤ地方で伝道活動を始められます。... ...続きを見る

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2014/01/18 21:46
2014年1月12日 マルコによる福音書1章9〜11節 「イエスの洗礼」
 イエスの洗礼を以て、マルコ福音書は始まります。「そのころ」という言葉でこの聖書の言葉は始まっていますが、この「そのころ」と訳されている言葉は、「あの日々」という言葉が用いられています。それは、二通りの意味が考えられます。つまり、「洗礼者ヨハネが、洗礼をヨルダン川で行っていた頃」という意味と、「あの日々」つまり、イエス・キリストと生きた弟子たちが、「イエス・キリストの登場した期間」として想定していることが考えられます。  イエス様は、ガリラヤ地方のナザレという町から、洗礼者ヨハネのもとにやって... ...続きを見る

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2014/01/13 22:41
2010年1月10日 マルコ福音書1章9-11節 「イエスの洗礼」
 昨日、市内牧師祈祷会が同盟基督教団水戸福音キリスト教会で持たれました。小林恵牧師が詩編第1篇を読んで下さり、メッセージを頂きました。年の初めに覚える聖書の言葉としてふさわしいと思いました。 ...続きを見る

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2014/01/11 12:06
2005年1月8日 マルコによる福音書1章9〜11節 「イエスの洗礼」
 2週間前、昨年のクリスマスに、私たちは一人の姉妹の洗礼に証人として立ち会うことを許されました。私たちそれぞれが、自分の洗礼を受けた時を思い出したのではないでしょうか。  本日、私たちに与えられている聖書の箇所はイエス様が洗礼を受けたときの報告記事です。わずか三節で数行の記述で、4つの福音書の中でもっともシンプルにマルコ福音書は記録しています。「霊が鳩のように降ってきた」というのは、いつも「一体、どんなふうだったのかなぁ」と、疑問に思います。イエス様の生涯を扱ったある映画では、本物の白い鳩が舞... ...続きを見る

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2014/01/11 12:04
2014年1月5日 ルカ福音書2章41−52節「幼子イエスのエルサレム訪問」
今日の聖書の箇所はイエス様がまだ子どもの頃の記録です。12才になって、日本などですと元服などの風習と似たようなものと言えましょう。大人の仲間入りとして認められるのが、エルサレム神殿に参拝することでした。神殿での祭り、これはわっしょいわっしょいと御神輿を担いで練り歩いたり、夜店が出てにぎやかになるという日本の祭りとは、趣をことにした、厳粛な礼拝です。過ぎ越しの祭りは、かつて、イスラエルの人々が奴隷であったエジプトを神の助けによって脱出したことを記念するものです。この祭りが終わり、帰るとき、イエ... ...続きを見る

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2014/01/06 15:11
2010年1月3日 ルカ福音書2章41〜52節 「イエスの子ども時代」
 年末年始に高速道路で移動をされた方もいらしたかも知れません。ひどい渋滞で困った方もいらっしゃるかと思います。私は昨年、首都高を走っているときに考えたことをお話したいと思います。タンゲル先生と品川入国管理局ヘ行き、首都高を通って水戸へ戻ってくる時でした。相変わらずの渋滞で、隣の車線の方がまだ流れていますので、しばらくして、そちらへ車線を変えました。すると、分岐点をすぎると、今度はさっきまで自分の走っていた車線の方が流れが良くなってしまいました。どうも私の要領が悪くて、「さあ、今、車線を変更して」... ...続きを見る

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2014/01/05 01:23
2013年12月29日 マタイ福音書2章1−12節 「東方の学者たち」
 イエス・キリストの誕生について伝えているのは、ルカ福音書とマタイ福音書の二つです。マルコ福音書とヨハネ福音書は、イエス・キリストは神の子であることは明言していますが、その誕生の次第がどのようであったかは伝えていません。ルカとマタイは、ともに、イエス・キリストは、処女マリアから生まれたことでは共通していますが、マタイでは、東方の占星術の学者たちが、生まれたユダヤの王を拝みに、エルサレムにいたヘロデ王のもとにやってきますが、ルカでは野宿をしていた羊飼いです。マタイ福音書が伝えている、星が現れて、彼... ...続きを見る

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2014/01/04 17:39
2013年12月24日 ルカによる福音書2章1−20節「キリストの誕生日」
 今夜、私たちは、クリスマス・イブを祝うために、ここに集まっています。クリスマスはイエス・キリストの誕生を記念する日です。イエス・キリストという名前は知っていても「この方が、私にとってどんな意味があるのか?」と、問われると、それはイエス・キリストを信じるクリスチャンにとっても、ちょっと立ち止まって考える必要が出てきます。もちろん、「イエス様は、私の救い主、キリストです。」「主です。」「イエス・キリストは神の子です。」「イエス・キリストを信じると、私も神の子とされるのです」というような今ではほとん... ...続きを見る

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2013/12/24 22:53
2013年12月22日 ヨハネ福音書1章1−14節 「暗闇に輝く光」
 クリスマスに私たちが確認しなければならないこと、それは、私たち人間の歴史は、この方に始まって、この方に終わるのだということです。  キリスト教会において、クリスマス、つまり、イエス・キリストの誕生が祝われるようになったという記録があるのは、四世紀頃であり、西欧の教会が12月25日とイエス・キリストの誕生日とするようになったのは、もっとあとのことです。  私たち人間の救いの始まりを振り返って、全ては、「あのこと」から始まったというのではなくて、その「あのこと」をなされた「あの方」から始まった... ...続きを見る

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2013/12/22 15:00
2008年12月21日 ルカによる福音書2章1〜20節 「イエス・キリストの誕生」
 皇帝アウグストゥスの人口調査という大枠の中で、ルカはイエス・キリストの誕生を語り出します。ローマ皇帝アウグストゥスが出てくるからといって、イエス・キリストが生まれるのはローマの宮殿が舞台となるのではありません。そうではなくて、ローマ帝国の首都から遠く離れた、東の果てシリア州方面が示されます。しかし、イエス・キリストはそのシリア州の総督のキリニウスの宮殿でキリニウスの息子として生まれる訳ではありません。イエスの出来事に関わるのは、父ヨセフと母マリアです。彼らはユダヤ人です。そして、彼らはガリラヤ... ...続きを見る

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2013/12/21 18:36
2009年12月20日 ルカ福音書1章39〜56節 「マリアの賛歌」
 あるクリスチャンの方がお宅で学習塾をしていらして、とても頭脳明晰、学業優秀ないわゆる地域の進学校に通っている中学生が通ってきているということでした。アドベントのこの時期、クリスマスの意味を教えようとして、聖書を読んであげた。「イエス・キリストは処女マリアから生まれたのだ。」と言うと、「そんなもの絶対に信じられるか」とそのお子さんは言ったということです。 ...続きを見る

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2013/12/21 18:27
2010年12月19日 ルカ2章 「イエス・キリストの誕生」
 クリスマスは、喜びの日です。冬のお祭りの中で、いや一年のお祭りの中でもクリスマスは、私たち日本人にとっても、すでに大変大きな意味を持っています。うれしく楽しい時として、私たちの誰もが待ちこがれるものとなっています。  しかし、この世の中の情勢を見ますと、大変厳しいものがあります。隣国の韓国は、北朝鮮の砲撃以来、緊迫した空気があります。地球温暖化や飢餓や戦争、テロなど問題は山積しています。先のスマトラ沖地震は、2007年12月26日で、キリスト教国では、第二クリスマスとして祝われる時でした。ク... ...続きを見る

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2013/12/21 18:19
2011年12月24日 ルカ2章1-20節
 今年は、大きな災害が私たちを襲い、その中でクリスマスを私たちは迎えました。私たちにとって特別なクリスマスです。  地震が起こり、津波が襲い、福島の原発が爆発し、今も原発事故は完全に終息していません。これから何十年もかかる作業です。 地震や津波のもたらした被害を目の当たりにして、多くの人が、「神様は一体どこにいるのか?」という問いを発しました。私たちの教団でも、この災害をどのように理解すべきかで、東京ではシンポジュウムも開催されたということです。 ...続きを見る

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2013/12/21 18:13
2013年12月15日 イザヤ40章1〜11節「イエスの先駆者」
1 慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。 2 エルサレムの心に語りかけ/彼女に呼びかけよ/苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを/主の御手から受けた、と。 3 呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え/わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。 4 谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。 5 主の栄光がこうして現れるのを/肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される。 6... ...続きを見る

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2013/12/16 12:40
2009年12月13日 イザヤ40章1-11節 「荒れ地に道を」
 昨夜は大洗ベツレヘム教会の家庭集会のキャンドルライトサービスがあり、司式をさせて頂きました。アパートの一室に20名ほどが集まりました。いつものことですが、仕事を終えて、夜9時に集まってくる彼らの熱意というものに驚かされます。礼拝形式も色々と工夫を凝らしていて、今年は、人数分のローソクを十字架上に机の上に並べ、一人一人、夫婦は二人一緒に、ローソクに点火しながら、自分で選んだ聖書の箇所を朗読し、一言それについての自分たちの理解を述べ、来年への思いや決意を発表していました。日頃から聖書に親しんでいる... ...続きを見る

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2013/12/13 21:27
2013年12月7日 エレミヤ36章1〜10節「旧約の神の言葉」
 私が、神学校で学んだ頃、あるいは、もっと正確に言うと、私がクリスチャンになる頃、今から30年ほど前、私を導いてくださった牧師先生たちは、「事後預言」という言葉を教えてくださいました。  これは、旧約聖書などで、預言者が前もって予言をする、そしてその予言の言葉が、本当に歴史の中で起こったというのではなくて、それは一種の文学形式のようなもので、旧約の予言は、実は、後から過去を振り返って、あたかも予言したかのように書かれている。だから、全ての予言が本当に歴史の中で起こっているかのように的中している... ...続きを見る

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2013/12/08 17:59
2009年12月6日エレミヤ 36章1〜10節 旧約p.1245 「神を恐れぬ愚かな私たち」
 宗教は、「おおもとの教え」というような意味で、人間の人生において何が最も本質的で根本的な真実なのかということを取り扱います。何を私たちは大切にして生きていくべきかを教えるのが宗教です。その意味で、キリスト教も一つの宗教です。最近、民主党の小沢一郎さんがとある仏教寺院を訪問された際に、「キリスト教は排他的だ」と、おっしゃって少し議論があったと伺いました。小沢さんの発言は、クリスチャンでない人からも「仏教と神道の区別もついていない」と批判されています。 ...続きを見る

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2013/12/06 11:33
2005年12月4日 エレミヤ書36章1〜10節 「旧約の神の言」
 マンションやホテルの耐震強度偽造が今、私たちの間で大きな問題になっています。この事件の詳細について説教壇から語る必要はありません。私が言うまでもなく、みなさんの方がはるかによくご存じでしょう。入居者は本当にお気の毒だと思いますし、第三者として話を聞いているだけでも腹立たしく思われます。新聞の社説には、「家が壊れて人が死んだら、その家を建てた大工は殺されなければならない」というハンムラビ法典の言葉を引用して最大限の批判をしていました。正当な意見だと私も思いました。「本当にけしからん」と、誰もが思... ...続きを見る

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2013/12/06 11:19
2013年11月24日 サムエル上16 章1〜13節「神の民の王、ダビデの役割」
 昨日、常陸大宮伝道所で、茨城地区の役員研修会が開かれました。とても励まされる恵まれた時を持つことができました。茨城地区の教会から三人の教会役員の方が発表して下さいました。最初の方は、勝田教会の方で朝、礼拝が始まる前に、教会の前に立って、「おはようございます。」と歓迎の挨拶を当番でされているそうです。その係りの人々で新来会者のために集まって祈っていらっしゃるということでした。次の方は、日立教会の方でディボーションとご自身の家庭を開放して、月に一回、青年たちを招いて会を開かれているということでした... ...続きを見る

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2013/11/25 19:20
2013年11月17日 出エジプ6章2〜13節 「モーセに与えられた救いの約束」
2 神はモーセに仰せになった。「わたしは主である。 3 わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに全能の神として現れたが、主というわたしの名を知らせなかった。 4 わたしはまた、彼らと契約を立て、彼らが寄留していた寄留地であるカナンの土地を与えると約束した。 5 わたしはまた、エジプト人の奴隷となっているイスラエルの人々のうめき声を聞き、わたしの契約を思い起こした。 6 それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい。わたしは主である。わたしはエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し、奴... ...続きを見る

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2013/11/17 13:01
ハイデルベルク信仰問答 聖霊について 問60
問60 どのようにあなたは神の前に義とされますか。 ...続きを見る

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2013/11/16 09:58
2013年11月10日 マルコ 4章1〜9節,13〜20節
(この日は教会学校との合同礼拝で、この説教の前に、「種まきのたとえ」の紙芝居があり、小学生向けの説教が教会学校教師によって行われました。説教後、こども祝福式がありました。) ...続きを見る

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2013/11/14 07:37
2013年11月3日 Tペテロ1章3〜11節 永眠者記念礼拝
今日、私たちは、私たちを産み、育ててくれた父や母、ともに生きた家族、親族そして、主イエス・キリストにある兄弟姉妹を覚えて、ここに集いました。死者を覚えることは、人間を人間たらしめる非常に重要な行為です。  私たちは今日、ここに、世を去った人々が、慰められ、成仏するために集まったのではありません。死者を思い起こし、死を覚えることは、私たちが今のこの時をどのように生きてゆくべきかを今一度具体的に振り返り、自分が、どのように生きているかを振り返る時です。それは、私たちの愛する人々、私たちを愛してく... ...続きを見る

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2013/11/03 16:36
2013年10月27日 創世記2章4b〜9,15〜25節 旧約p.2
 先日、ある日本人の方と、日本人の宗教性ということについてお話をする機会がありました。その方は、「日本人のある意味、いい加減な宗教に対する態度がとても好きだ」ということでした。葬式は仏教で、初詣は神道、クリスマスはキリスト教と一緒に祝ったりするその自由さがいいということでした。「古事記」などもお読みになったということで、「どうでしたか?」と、その感想を伺うと、「矛盾やつじつまが合わないところがいっぱいあるけれど、それをそのまま認めている日本というのは、それはそれですごいのではないか?その矛盾だら... ...続きを見る

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2013/10/28 00:10
2013年10月20日 黙示録7章9〜17節 「天国に市民権を持つ者」
「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。 15 それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、/昼も夜もその神殿で神に仕える。玉座に座っておられる方が、/この者たちの上に幕屋を張る。 16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、/太陽も、どのような暑さも、/彼らを襲うことはない。 17 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、/命の水の泉へ導き、/神が彼らの目から涙をことごとく/ぬぐわれるからである。」 ...続きを見る

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2013/10/20 22:44
2013年10月6日 ローマ13章1〜10節「上に立つ人々」
1 人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。 2 従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう。 3 実際、支配者は、善を行う者にはそうではないが、悪を行う者には恐ろしい存在です。あなたは権威者を恐れないことを願っている。それなら、善を行いなさい。そうすれば、権威者からほめられるでしょう。 4 権威者は、あなたに善を行わせるために、神に仕える者なのです。しかし、もし... ...続きを見る

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2013/10/07 15:32
2013年9月15日 エフェソ5章1〜5節
1 あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。 2 キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。 3 あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく、みだらなことやいろいろの汚れたこと、あるいは貪欲なことを口にしてはなりません。 4 卑わいな言葉や愚かな話、下品な冗談もふさわしいものではありません。それよりも、感謝を表しなさい。 5 すべてみだらな者... ...続きを見る

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2013/09/21 20:41
2013年9月8日 ヤコブ2章8〜13節 「隣人を自分のように愛しなさい」
8 もしあなたがたが、聖書に従って、「隣人を自分のように愛しなさい」という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。 9 しかし、人を分け隔てするなら、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違犯者と断定されます。 10 律法全体を守ったとしても、一つの点でおちどがあるなら、すべての点について有罪となるからです。 11 「姦淫するな」と言われた方は、「殺すな」とも言われました。そこで、たとえ姦淫はしなくても、人殺しをすれば、あなたは律法の違犯者になるのです。 1... ...続きを見る

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2013/09/11 02:42
2013年9月1日 コリント人への手紙T1章10〜17節「教会の一致と交わり」
 私たちは日本基督教団に属しています。数多くの教派があるプロテスタントの中でも日本における最大のプロテスタント教会として、伝統と権威を持っているかのように思っています。私もそう思っていました。それが、そうではないんだと初めて気がついたのは、ドイツに留学した時でした。指導教官になっていただいた教授が、「日本には、ちゃんとしたキリスト教会がなくて、メソジストとかいうのが幅を利かしているそうだね。」と、おっしゃられた時でした。私が学んだゲッチンゲン大学は、ドイツ・ルター派の牙城でしたし、北ドイツは、ル... ...続きを見る

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2013/09/02 01:08
2013年8月18日 ローマ8章19〜25節 「忍耐」
18 現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。 19 被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。 20 被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。 21 つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。 22 被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わってい... ...続きを見る

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2013/08/19 23:37
2013年8月11日コロサイ3章18節〜4章1節「家族」
 パウロは、イエス・キリストの福音を伝えることに人生を用いた人です。福音を伝えることが、素晴らしいことであるのは、福音が、私たちに人生の本当の意味を明らかにするからです。この世で私がどれほど成功したか、しなかったかではなく、どれほど真理と隣人を愛したかということへと福音は、私たちの価値を変革する力を持っています。 ...続きを見る

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2013/08/12 06:50
2013年8月4日 使徒20章17〜35節「苦難の共同体」
 今年も夏期学校は、日立教会のお世話になり、合同で開かれ昨日、無事、終わりました。「祈り」ということがテーマでした。祈りというのは、私たちの謙遜さをまず表現していると後から改めて思わされました。 ...続きを見る

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2013/08/04 17:22
2013年7月28日 使徒9章26〜31節 「宣教への派遣」
 今日は、茨城キリスト教学園の学生さんたちが、私たちの教会の礼拝に参加してくださっています。ようこそ、いらっしゃいました。みなさんのように、これから自分の人生を自分で生きていこうと準備されているとき、人生について神様について考えることは、とても大切なことです。普通の学校へ行ったのでは経験することができないことで、それは素晴らしいことですから、是非、茨城キリスト教学園のことを誇りに思ってください。それは本当の教養を身につけるという人間としてとても大切なことです。 ...続きを見る

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2013/07/28 17:10
説教 2013年7月21日 Uコリント5章14節〜6章2節 「憐れみの福音」
聖  書 14 なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。 15 その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。 16 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリスト... ...続きを見る

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2013/07/24 10:22
2013年7月14日 ローマ9章19〜28節「異邦人の救い」
19 ところで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか」と。 20 人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か。造られた物が造った者に、「どうしてわたしをこのように造ったのか」と言えるでしょうか。 21 焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に、一つを貴くないことに用いる器に造る権限があるのではないか。 22 神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの器として滅びることになっていた者たち... ...続きを見る

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2013/07/14 23:59
説教 2013年7月7日 使徒19章13-20節「生活の刷新」
13 ところが、各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちの中にも、悪霊どもに取りつかれている人々に向かい、試みに、主イエスの名を唱えて、「パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じる」と言う者があった。 14 ユダヤ人の祭司長スケワという者の七人の息子たちがこんなことをしていた。 15 悪霊は彼らに言い返した。「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ。」 16 そして、悪霊に取りつかれている男が、この祈祷師たちに飛びかかって押さえつ... ...続きを見る

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2013/07/07 23:26
2013年6月30日 Tテモテ2章1〜8節「祈り」
 1 そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。 2 王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。 3 これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。 4 神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。 5 神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。 6 この... ...続きを見る

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2013/07/04 07:36
2013年6月16日 Uコリント 8章1〜15節  新約p.333
 宗教とは何でしょうか?この問いは、非常に多様な答えがあり、またそこには、統一見解のようなものがありません。しかし、キリスト教という枠の中で、宗教とは何かを問うとき、それは、「あなたが一番大切にしているものは何か?」という問いに集約されます。何か神様とは悪魔とか超自然的なものの存在を信じるのが宗教という見方が一般的です。もっと世俗に言われている言い方は、非現実的なものの存在を信じるのが宗教、宗教を信じないということは、現実のみを見つめることだという意味で用いられています。そして宗教とは非合理なも... ...続きを見る

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2013/06/26 00:14
2013年6月23日 使徒言行録4章32〜37節 「主にある共同体」
32 信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。33 使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。34 信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、35 使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。36 たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプ... ...続きを見る

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2013/06/26 00:06
2013年6月2日 使徒言行録 17章22〜34節  新約p.248
「悔い改めの使信」 ...続きを見る

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2013/06/07 00:18
2013年5月19日 使徒2章1〜11節
 説教 水戸中央教会  ...続きを見る

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2013/06/07 00:15
2013年4月24日 水戸中央教会 ドイツ語特別礼拝
主の祈り マタイ福音書6章9〜16節についての説教 ヨヤキム・リンクレーベン博士(ゲッチンゲン大学教授) ...続きを見る

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2013/05/11 12:30
2013年4月28日 ヨハネ福音書14章1〜11節  (初稿2009年5月10日)
「父なる神への道」                    ...続きを見る

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2013/04/29 07:17
2013年4月14日マタイによる福音書12章38〜42節 (初稿2005年4月10日) 
「新しい命」 ...続きを見る

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2013/04/14 22:34
2013年4月7日 マタイ福音書28章11〜15節 「復活顕現」
婦人たちが行き着かないうちに、数人の番兵は都に帰り、この出来事をすべて祭司長たちに報告した。そこで、祭司長たちは長老たちと集まって相談し、兵士たちに多額の金を与えて、言った。「『弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った』と言いなさい。もしこのことが総督の耳に入っても、うまく総督を説得して、あなたがたには心配をかけないようにしよう。」 ...続きを見る

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2013/04/09 00:18
2009年4月5日マタイ福音書27章32〜56節 新約p.57 
「キリストの十字架の死」 ...続きを見る

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2013/03/23 06:24
2013年3月10日 マタイ福音書17章1〜13節 「山上の変貌」
 礼拝の説教の聖書箇所は、日本基督教団の教会暦というのに基づいています。この教会暦は、四年サイクルです。ですから、2009年3月22日に、この箇所を説教しています。原稿を見てみますと、マタイによる福音書 17章 9節「一同が山を下りるとき、イエスは、『人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない』と弟子たちに命じられた。」という箇所に視点を当てて、説教をさせていただきました。 ...続きを見る

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2013/03/12 12:09
2009年3月22日マタイ福音書17章1〜13節
「山上の変貌」 ...続きを見る

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2013/03/09 11:11
2013年3月3日 マタイ福音書16章13〜28節 「受難の予告」
 先週は、何百年かぶりにローマ教皇が、存命中に教皇座を降りられるということで、大変な英断であると話題になりました。その後、新聞などでは、それは英断というよりも、色々のスキャンダルまがいのことが、起きていて、それに対する教皇として指導が行き渡らないということが原因らしいとか言われていました。日本の新聞の社説に、ローマ教皇にふさわしい方が選ばれるように願うというようなことが書かれていて、私は、よその宗教のことに口を突っ込む発言が少し信じられませんでした。  本日の聖書箇所は、ローマ・カトリック教会... ...続きを見る

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2013/03/03 09:02
2009年3月15日マタイによる福音書16章13〜28節
「ニセ宗教の見分け方」 ...続きを見る

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2013/03/02 20:10
2013年2月24日 マタイ12章22−32節 「悪と戦うキリスト」
  悪霊に取り憑かれて話すことができず、目で見ることができない障害を負った人が、イエス様によって癒され、話し出し、目が見えるようになったのを見て、人々は驚愕します。そして、「この人は、ダビデの子ではないか」と、言い出します。「ダビデの子」とは、神様が約束されたキリスト、世の救い主を意味します。それを聞いたファリサイ派の人々は、「イエスは、悪霊の頭であるベルゼブルによって悪霊を追い出しているのだ」と、言い出します。するとイエス様はそれに対して、「サタンがサタンを追い出せば、内輪もめであって、サタン... ...続きを見る

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2013/02/26 23:00
2013年2月10日マタイ福音書14章22〜36節「キリストの奇跡」
 イエス様が湖の上を歩かれたという奇跡は、男だけで5000人の人々をパン5つと2匹の魚で満腹にしたという奇跡の直後に起こります。マタイ福音書の他に、マルコ福音書6章、ヨハネ福音書6章に同様の記録があります。  「人間が水の上を歩いた」というと、私たちは、まず「そんな馬鹿なことがあるはずがない」「だから聖書は迷信だ」などと考えます。あるいは、「一体それはどのように起きたのだろうか?」、「イエスは、足をバタバタと水の上を走るトカゲのように早く動かすことができたのだろうか?」、「夜で岸沿いに歩いてく... ...続きを見る

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2013/02/11 12:33
2013年2月3日 マタイ福音書15章21-31節「キリストのいやし」
 以前、仏教の僧侶の方々のお話しをうかがう機会がありました。そこで、お釈迦様の奇跡というのは、イエス・キリストのように死人を蘇らせたりするのではなく、人を悟りに導く行いや言葉だということでした。たとえば、子どもを亡くした女がお釈迦様のところへ来て、「この子を生き返らせてください」と懇願すると、お釈迦様は、「その子を生き返らせる薬を作ってあげよう、そのためにからし種が必要だが、そのからし種は、今まで誰も死人が出たことのない家のものでなければならない。」と言います。女は必死になって、誰も死人の出たこ... ...続きを見る

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2013/02/06 09:57
説教 水戸中央教会 2013年1月27日
マタイ福音書5章17〜20 節 「キリストの教え」 ...続きを見る

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2013/01/27 22:52
2013年1月13日 マタイ福音書3章13〜17節「イエスの洗礼」
 イエス・キリストの公の生涯は、洗礼をもって始まります。生ける神の子が、自分とは比べ物にならないほど、言ってみれば身分の低い者に、跪いたようなものです。それは、私たちの日常生活を考え、謙遜に観察すればするほど、ありえないことです。私たちは人を仕えさせようとします。 ...続きを見る

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2013/01/13 18:23
2013年1月6日 マタイ福音書2章1−12節「すべての民の救い主」
 イエス・キリストがこの世に生まれたことを祝うクリスマスの期間を今、私たちは迎えています。日本では、クリスマスのあとはお正月を祝うということで、クリスマスツリーを片付けたりしますが、キリスト教国(ドイツばかりでなく合衆国も)では、クリスマスツリーなどの飾りをしたまま、イエス・キリストの誕生を祝う中で新年を迎えます。誕生したイエス・キリストを東の国からきた博士たちが礼拝したことを記念する公現日(顕現日:1月6日)までが、クリスマスの期間です。このあとを顕現後第一主日というようになって、イエス・キリ... ...続きを見る

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2013/01/06 23:21
2012年12月30日 マタイ2章13〜23節 新約p.2
「神は私たちと共におられる」 ...続きを見る

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2012/12/30 23:46
2012年12月24日 ルカ福音書2章1−20節 「キリストの誕生日」
 クリスマスは、イエス・キリストの誕生を記念する日です。さすがにサンタクロースの誕生日ということは、この頃は、あまり言われなくなりました。キリストが誕生して2012年の時が経ったということです。 ...続きを見る

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2012/12/25 05:50
2012年12月23日 ヨハネ1章1〜14節 「キリストの降誕」
 先週は、2012年12月21日が、古代マヤの暦が終わる日ということで、地球最後の日として、ちょっとした騒ぎになりました。日本ではそれほどでもありませんでしたが、海外では結構盛り上がったことをテレビを通じて初めて知りました。中国では、刃物を持った男性が学校に侵入して子供傷つけるという事件が起こり、それがこの世の終りを宣伝しているキリスト教系の宗教グループに影響されて起こったということを報道していました。1999年のノストラダムスの大予言は日本だけの現象でしたが、今回のマヤ暦の地球最後の日は、日本... ...続きを見る

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2012/12/25 05:46
2012年12月16日 士師記13章2〜14節「キリストの先駆者」
 昨日は、ジーザス・キッズのクリスマス会がありました。お子さんたちに例年通り、イエス・キリストの誕生の出来事を知らせる劇を演じてもらいました。今年も、多くの人々のご協力をいただき感謝です。 処女マリアからイエス・キリストは生まれます。「そんなこと、あるわけがない」と、普通の人々は笑います。「私は、処女降誕なんて信じられませんから、キリスト教が信じられないのです。」という方に出会うことは、珍しくありません。私も、そのような方に何度も出会ったことがありますし、私自身、なかなか信じられませんでした。... ...続きを見る

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2012/12/17 10:26
2012年12月9日 イザヤ59章12〜20節
「救いの希望は神にある」 ...続きを見る

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2012/12/10 11:35
2012年12月11日 創世記 13:1〜18  「神の民の選び」
 アブラムは、飢饉のためエジプトに逃れました。アブラムは、妻のサライが大変な美人であったので、自分が殺されて、妻を奪われるのではないかと案じました。そこで、自分をサライの兄ということにします。案の定、エジプトの人々は、サライの美しさを褒め、サライは、ファラオの宮廷に召し入れられます。サライのおかげで、アブラムは、ファラオから奴隷や家畜などを与えられ豊かになります。しかし、神は、サライのことで恐ろしい病をエジプトの宮廷に流行らせます。訳を知ったファラオは、サライをアブラムのもとに戻し、アブ... ...続きを見る

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2012/11/15 18:53
2012年11月4日 イザヤ44章6〜17節 「死と希望」
 本日は永眠者記念礼拝です。死者を覚える日であり、私たちは、私たちと共に生き、今は眠りについている兄弟姉妹を覚えます。この兄弟姉妹と私たちを出会わせて下さった神への感謝の日であり、悲しみの日です。なぜならば、私たちが今日、心に、そしてこの礼拝の中で覚えようとしている人々は、私たちにとって今もかけがえのない人々だからです。  そして、この人々がかけがえのない人々であるということは、つまり、私たちが今どのように生き、生きようとしているのかを問うことです。なぜならば、それがこの私たちにとって大切な人... ...続きを見る

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2012/11/08 23:18
2012年10月28日 箴言8章1節、22−31節
「知恵・英知」 ...続きを見る

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2012/10/28 16:49
2012年10月21日フィリピ 3:7〜21 新約p.364
しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。 わたしは、キリストとその復活の力とを知り、そ... ...続きを見る

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2012/10/21 22:14
説教 水戸中央教会 2012年3月12日
ヨハネによる福音書12章20〜36節 ...続きを見る

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2012/03/25 19:53
2012年3月11日 ヨハネ福音書6章60-71節
ところで、弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」 イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。 それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。 ...続きを見る

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2012/03/11 22:20
説教 水戸中央教会 2011年7月24日
使徒20章7-12節 「聖霊の力」 ...続きを見る

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2011/07/25 09:25
説教 水戸中央教会 2011年7月17日
使徒11:4〜18 新約p.235 「異邦人への伝道」 ...続きを見る

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2011/07/17 22:51
説教 水戸中央教会 2011年6月19日
使徒2章14〜36節 「キリスト教会の使信」 ...続きを見る

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2011/06/22 23:03
説教 水戸中央教会 2011年6月12日
創 世 記  11:1〜9 旧約p.13 使  徒 2:1〜11   新約p.214 「人間の多様性」 ...続きを見る

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2011/06/12 19:07
説教 水戸中央教会 2011年5月22日
ヨハネによる福音書15章12〜17節 ...続きを見る

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2011/05/23 22:23
説教 水戸中央教会2011年5月1日
ルカ福音書24章13〜35 節 新約p160 「復活の確かさ」    ...続きを見る

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2011/05/01 14:13
説教 水戸中央教会 2011年4月24日
ヨハネ福音書20章1-18節 「イエス・キリストの復活」 ...続きを見る

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2011/04/24 22:36
説教 水戸中央教会2011年3月27日
ルカによる福音書9章18〜27節 「受難の予告」 ...続きを見る

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2011/04/10 16:58
説教 水戸中央教会 2011年4月3日
ルカ福音書9章28〜36 節 「主の変容」 ...続きを見る

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2011/04/10 16:57
説教 水戸中央教会 2011年4月10日
説教 水戸中央教会                      2011年4月10日 ...続きを見る

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2011/04/10 16:55
水戸中央教会 説教 2009年7月12日 マタイ福音書7章1〜14節
7:1 「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。 7:2 あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。 7:3 あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。 ...続きを見る

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2009/07/12 20:58
水戸中央教会説教2009年7月5日 マタイ福音書6章22〜34節 「主にある共同体」
 「ポップの王様」と呼ばれた、マイケル・ジャクソンが突然、亡くなりました。その突然の死は世界中の人々を驚かせ、そのニュースでもちきりです。今日の行われている世界中の教会の礼拝で、30%ぐらいは、マイケル・ジャクソンについて語られているのではないかと思います。トップスターとして巨万の富を得ながらも、黒い皮膚を白くする薬を用いたり、度重なる整形手術を行って彼は非常に不気味な顔になっていました。巨万の富を得たから、そのようなことに注ぎ込むお金のゆとりが生まれたということもできるかもしれません。  私... ...続きを見る

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2009/07/10 10:47
水戸中央教会説教 2009年6月21日 マタイ福音書5:13〜16 「世の光としての使命」
5:13 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。 5:14 あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 5:15 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。 5:16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがた... ...続きを見る

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2009/07/02 22:31
10月15日大洗ベツレヘム教会夕礼拝 二宮めぐみ先生(勝田教会)
「主よ、憐れんでください」(2006.10/15礼拝説教)             マタイによる福音書20:29−34 29 Dan ketika Yesus dan murid-murid-Nya keluar dari Yerikho, orang banyak berbondong-bondong mengikuti Dia. 30 Ada dua orang buta yang duduk di pinggir jalan mendengar, bahwa Yes... ...続きを見る

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2006/10/19 19:12
2005年6月12日 水戸中央教会説教原稿
マタイによる福音書5章21〜37節 「和解の道」 ...続きを見る

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2005/06/13 23:26
2005年6月5日日曜礼拝説教原稿
マタイによる福音書5章13〜16節 「世の光、地の塩」 ...続きを見る

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2005/06/11 09:38

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